荒行の山・・・月山
   

  登頂日   03. 10. 3(金)  天 候   雨・強風・雹   百名山登頂順  31番目
  標 高   1.984b       登山口    八合目              同行者        単独
  温 泉   乳頭温泉郷鶴の湯  白湯、 滝の湯・・含硫黄、中の湯・・含重曹  400
         乳頭温泉郷蟹場温泉  単純硫黄泉    500

タイム  
-           往  路         復   路
    場所・地点      着     発     着      発
 八合目   6:30    9:35
 仏生池小屋    7:30   7:32
 月山山頂(神社)    8:15   6:45     8:20
   所要時間 3:05     歩行時間     登り 1:45   下り 1:15

 勤務時間が終わるとすぐに車に飛び乗り、東北道を駆け山形北インターまで一気に走り抜けた。山形からは尾花沢・新庄そし

て月山8合目を目指す。山形に入ってからはずっと雨が降り続いていて、明日の天気も懸念される。ルート47から立川町で左折

し月山ビジターセンターに到着したのは夜11時を廻っていた。そしていよいよ月山公園線に左折すると・・・何と無情にも通行止

めだ。あまり視力の良くない目を駆使して、夜道を6時間もかけやって来た果てが通行止めとは、あまりにも非情と言えば非情で

ある。事前に役場に確認しなかったのは私としては珍しく抜かった。西川町からの登頂のほうが高速道で簡単にアプローチでき

たが、下山してから玉川温泉に行くためには、しかも途中で温泉バスターの時間を捻出するためには、8合目でなければならな

かった。新庄に出て秋田の湯沢に峠を越えそこから乳頭温泉目指す予定だった。

 色んなことが眠い頭の中を駆け巡り全然整理できない。呆然。辺りを見回すと看板に迂回路を表示した紙が貼られているよう

ではあるが、風でちぎれ雨にぬれて私の目ではライトを当てても判読できない。仕方なく諦めてここで夜を明かし明日は朝から

温泉バスターを・・とも考えたが、ここで夜を明かすより少しでも秋田に移動しようと鶴岡に向けて車を走らせた。ところが何と運

のいいことか、2キロも走るとヘッドライトが“月山8合目迂回路”と書かれた白い看板を照らし出したのである。戻って確認する

が間違いない。一瞬迷った。この天候・・・一旦諦めたのだ・・・でもチャンスはいつ来るの・・・車は迂回路に進入して行った。

今考えれば・・・なぜ立川に下らず鶴岡に下ったのか?   立川に下っていれば登頂は無かったのである。

 不安な思いを抱えながら進んだ。しかしおそらく崩落現場を迂回した先の月山公園線に出てからは、1合目ごとの表示が8合

目まで続き、しかも一本道で迷うことは無かった。狐にでも化かされそうな気持ち悪さに私は一番弱い。そんなことを考えていた

ら“瓢箪からこま”。6合目付近で狐の集団が私の車の前に飛び出し走り出した。親子と思われる集団はしばらくの間先導するよ

うに走り続けた。おどろいたふうも無く実に優雅でリズミカルな走りであった。あんないい子達が人間を騙したりはしないだろう。

 8合目に着くと車は1台停まっているだけだ。遮るものが何もなく強風が吹きすさぶ駐車場は一人で夜を明かすことをためらう

ほど寂しく不安なものであった。この風では明日の登頂は無理かもしれない・・が、今暗い道を再び移動するわけにも行かず覚

悟を決めて夜明けを待つことにした。それでもこの雨で新たな崩落が起きれば、妻を玉川に迎えにいけなくなる不安が脳裏から

離れなかった。


翌朝雨は比較的小降りになっていたが風は相変わらずの勢いだ。出発を迷ったが再びチャンスが訪れるのは何時の事か。

悪条件の中、行ける所まで行こうと思い立った。

 弥陀ヶ原は小雨にけむり寒々とした雰囲気に包まれている。雨がレインギアをたたく音以外は何も聞こえない。今、広い

弥陀ヶ原中にいるのは確実に私一人だ。木道は変に傾いていてやけに歩きにくい。花はすでに終わり湿原は草紅葉と化して

いる。白く冷たい空気の中にたまにポツンとナナカマドの赤があった。

 1時間で仏生池小屋につく。扉に手をかけてみるが釘打ちされていて利用できなかった。仕方なく休まずに通過した。登るに

したがってあたりは薄い雪化粧に変わる。トレースのないコースを踏みしめるのは、実に気持ちが良い。

 小屋とオモワシ山の中間付近からは強風の影響をまともに受けだした。高度と風の強さは比例し、ますます勢いを増してきた。

そしてついに耐風姿勢をとっても飛ばされ、場所によっては呼吸ができないほどの風が吹き荒れた。

 どのぐらいの風力で人間はどうなるのかは承知していないが、飛ばされて呼吸ができないという状態は、全く経験のないもの

であった。私はもう恐怖心の塊になっていた。

 この状態が後2分続いたら私は断念して帰ったはずだ。ただその時は夢中でその場から逃げたかっただけだが、引き返したら

安全だとも思ってはいなかった。だから進んだ。

 山頂に近づくにつれて風は徐々に弱まり、恐怖心がなくなるまでに落ち着いた。そして白く包まれたロケーションの中から

いきなり神社の石組みが現れた。いつの間にか私は石垣の5bまで接近していたのだ。台風を突いて登った平標も匍匐

前進した甲斐駒も比較したらどうって事はない。私の山での体験の中で最高の恐怖を感じた時間帯であった。

 小雨の中、カメラを取り出しレインギアで覆いながら写した写真は、何が写っているのか判らないほどひどい。風が収まるまで

ビバークしたかったが、神社は閉じられていて休む場所もない。それ以上にこの気持ちの悪い施設にたった一人で長居をしたく

ないのが本音。帰路、あの強風ゾーンが近づくにつれて再び恐怖心が呼び起こされたが、先ほどに比して勢いは弱まっていて

問題なく通過できた。積雪の場所ではトレースを見失いコースアウトもした。仏生池小屋からは雹が落ちだし、身体中をたたく。

いろは沼付近では傾いた木道で2回も尻餅をついた。

 
もう少しで駐車場というとき胸ポケットの携帯がなった。取り出すと妻からだ。

「今どこにいるの?」 「月山に登ったけど、もう麓に着くよ」

その間も電話を持つ手は雹の洗礼を受け続け寒さと痛さに我慢できない。今日の夜には玉川に着くからと話し電話を切った。

こんな状況を知らない妻の声は明るく、不安を感じているとは思えないものであった。

 北の山、月山での3時間の荒行にとうとう耐え切った。


   
【いきなり神社】   【晴れていればこんな山容】   【鍛冶小屋、西川町方面を】

目的の乳頭温泉郷を目指した。新庄から湯沢、高速利用で大曲へ、そして田沢湖到着は2時を廻っていた。鶴の湯は3時ま

でしか入浴できない。ぎりぎり間に合い目的を達成した。がとにかく人、人、人でお気に入りの乳白色も風情を感じるには

程遠く、僅か15分ほどで蟹場温泉に移動した。逆にあまり期待していなかった沢沿いの露天は入浴者も少なく、少し始まった

紅葉を眺めながらゆったりとしたひと時を過ごした。


            百名山に