山本不動と中尊寺・毛越寺を廻る  05. 3.1920     

       福島県棚倉町にある山本不動尊は我が家にとっては特に霊験あらたかで、私は毎年家族の

      健康を祈願して護摩を焚いて頂いています。今年もその時期になりました。今年は妻の弟の娘

       【姪】が一緒に行きたいと言ってついてきました。天井にまで炎が届こうという壮厳な護摩の儀

      式を初めて目の当たりにした姪は、驚きを隠せません。

       丁度お彼岸で私の実家にお線香をあげに行くことになっていました。実家は東北地方の山奥に

      あります。姪は東北まで足を伸ばすのが初めてで、当然平泉なども見たことがありません。この

      際歴史スペクタクルの一端を見せてあげることにしました。藤原三代の栄華や義経のロマンを感じ

      てもらいたかったのです。

        厳美渓から達谷の巌を廻って中尊寺・毛越寺と見学します。それぞれの場所で私の解説が始ま

      ります。中央に叛旗を翻した蝦夷や阿部一族、そして藤原三代、義経と淀みがありません。希望的

      観測も加味されて義経が大陸に渡ったとする伝説にまで話は及びます。弁慶の忠義心を語るとき

      など思わず目頭が熱くなります。毛越寺では慈覚大師の開基の由来、白鹿伝説を話さないわけに

      いきません。


        
    【山本不動尊霊場】 【参道の仁王像】       【達谷の巌(たっこくのいわや) 蝦夷の首領アテルイの館?】

                
    【平泉金色堂前で妻と姪】   【毛越寺の庭園案内板を見る姪】      【毛越寺の庭園

     姪が歴史というものにこんなに間近で接したことはないと思います。今立っているその場所を義経

     が歩いたかもしれないのです。歴史とはなんと壮大でロマンチックなのでしょうか。しかし多くの血に

     よって購われた事も事実として受け止めなければなりません。そうした幾多の血が流され涙と喜びが

     繰り返されて来て今があります。歴史とはルーツであり自分自身なのです。平泉はそんなことを何時

     も感じさせてくれます。果たして姪はどのように感じることが出来たのでしょう。


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