花の百名山 朝日岳
平田影郎
ほぼ10年ほど思い続けたこのコースをやっと実行に移すことになって・・・・・そうなれば白馬への縦走も併せて、欲張った計画が出来上がった。 しかし台風の接近により日程を変更する必要に迫られ、となると土・日を小屋泊に充てることになり混雑に気が重くなる。 それ以前に70台分しかない駐車場は大丈夫なのか? 出発したのは土曜の昼近く。早い人は台風が通り過ぎてすぐに出発したとして、既に蓮華温泉は満車かもしれない。 そんな思いで少し気は急いていた。ところが平岩から蓮華温泉の【入ノ平白馬線】に入って二十数キロ走行する間、ノロノロ走るキャンピングカーを抜いていく車は一台もない。 こんな状態なら・・・ひょっとして台風のせいで、みんな山を敬遠したのかもしれず・・・駐車場は空いているかもしれないと変な期待が膨らんでいった。 到着は午後3時。3時半発のバスがまだ停まっていた。早速運転手さんと会話して情報収集。毎年この日は路駐がでるほど車が溢れるのだそうだ。台風のお陰で難なく確保! 70台のスペースが広く感じる。それもそのはず、私を含めて16台であった。日影になる部分に停める人が多かったが、私は崖が崩落する危険を避けて真ん中に停めた。 バスを見送って蓮華温泉に向かう。金額を聞いてびっくりの800円は高すぎ。それでも後学のためには、当然浸かることに。まあまあの泉質だが、二度は無い。 風呂から出ると既に6時、冷蔵庫からビールを出してまずは乾杯。駐車場を無事に確保できたことに、そして期待に反していたが念願の蓮華温泉に浸かった事に、そして朝日に。 8時には横になったが・・・なかなか眠れない。長いコースへの不安なのか、夢にまで見たコースへの期待なのか・・・とうとう翌朝3時半に起きるまで眠れなかった。
眠らずにこの長いコースに挑む不安はあったが、運よく薄曇りで陽光は時折漏れてくるだけ。むしろ雨を心配する天候だったのが救いとなった。兵馬ノ平から花園三角点までは雨具を着込んで歩いた。35度以上の猛暑であったら、多分途中でダウンしていただろう。 台風が味方して駐車場が確保でき、曇天が味方して歩き通すことができた。 このコースの概要は・・・まずは蓮華温泉から兵馬ノ平までを下り、そこから白高地沢までは平坦なコースを歩く。がっこの間に敷設された木道は変に傾いていたりして雨後は滑る。兵馬ノ平までで私は三回も転んだ。 このあと五輪の森近くで大きくバランスを崩して転倒し、サポートタイツの膝を2か所破いてしまった。この手のタイツは意外に弱い。簡単に破けてしまう。
白高地沢橋を超えると・・・時間的には2時間を経過していて、ちょうど良い広場にテーブル状の岩もあって休憩ポイントになる。 ここからいよいよ登りが始まる。第一段階の登りは花園三角点まで。このきつい登りを曇天に救われたのが大きい。 このころには2日間で白馬から蓮華にトライアングルで縦走するグループと友達になり、一緒に行動することになる。このグループは重いテントを担いでいるので、脚力に自信のない私にはちょうど良いスピードだった。 第二段階の登りは五輪の森辺りまで。ここは樹林帯があって、僅かでも直射日光がしのげる。ただ問題は花園三角点を過ぎるあたりから、少しずつ雪渓が現れる。このあたりはまだまだ雪渓も小さく、危険な傾斜も少ない。万が一滑り落ちても安全に停まれる箇所が多い。 だが五輪の森を過ぎると急傾斜の大雪渓が次々に現れる。これはそこそこ神経を使う。とはいうものの、本当にこれは・・・と思うのは2か所程度と記憶している。
五輪の森から朝日岳頂上までが第三段階の登りと言えるだろう。この第三段階はほぼ雪渓の登りで、残りは朝日岳への最後の登りとなる。長いコースの核心的な部分である。 雪渓・切れ落ちた崖・傾いた木道・・・いずれも気を抜くと痛い目に合う。侮れない。裏付けるように・・・木道で滑って転んだ私の買ったばかりのサポートタイツは膝に穴が開いた。何よりこれが一番痛かった。 滑落が心配される雪渓は登りの日中は緩んで心配するほどでもないが、朝にまだ固いうちに下るのは、神経を使っても使いすぎることは無い。
朝日岳は花のイメージだけが強くて、北アの最北に位置して豪雪地帯ということをすっかり忘れていた。アイゼンを持ってこなかったのは大失敗。ソールの固い靴をキックで蹴り込んで、一歩一歩慎重に登る。これが下りで無くて救われる。 この時点では翌日にここを下るとは思っていない。 体調を崩して蓮華に下山することとし、翌朝下ることになった私は何か嫌な予感がして・・・余計に慎重に行動した。 本当に厳しい雪渓を小屋の若者がステップを切ってくれていた。これには大いに助かる。お礼を言って通り過ぎる。 ところがこの後・・・例のグループの女性がこの若者と話した事で、大問題が発生する。翌日の天候をこの若者に聞いたらしいのだ。 若者の返事は『明日は荒れる』とか。そこでこのグループは大いに考え込んでしまった。休憩していた私に追いついてきて・・・このまま戻ろうかと考えている・・・と言う。 荒天の中をテントを担いで、白馬から白馬大池を回っての縦走は辛い。この時点で戻ったのか、それとも私の後を付いてきているのか・・・私は知らずに先行していた。
とにかく雪渓だけは20か所ぐらいあったと思う。先行する登山者が雪渓を進む。下の左の写真の雪渓を、休憩している場所近くで望めるが、みんな亀のようにノロノロと行動している。この後自分でも登ってみて確信するが、ここは滑落したら生命に影響が出る事間違いない。下の真ん中の写真の雪渓が一番長いが、トレースがあって事なきを得た。この雪渓を抜けると【吹上のコル】だ。 栂海新道を歩く人はここから親不知(おやしらず)を目指し、逆に栂海新道を歩いてきた人や蓮華からの登山者は、朝日に到達できたことを実感する。 この日は雲で海が見えなかったが、翌日は強風が吹いていたこともあり海を望むことができた。富山湾であろう。そしてその海の向こうには、能登半島が黒い島影を映していた。 このあたりのお花畑が一段と素晴らしい。まだまだ雪解け時期の花が盛りだ。兵馬ノ平・アヤメ平、花園三角点附近、そして吹上のコル手前のお花畑。コーすに沿ってお花畑が続き、登山者をあきさせない。これが目的だった私にとっては、何も言うことのない満足の山行である。
朝日岳への登りは厳しかったはずだが、あまりイメージがない。意識の中では何か簡単に登ってしまった感がある。山頂で話したご夫婦は埼玉からの人であった。前後して一言二言話はしていたが、更に会話が弾み・・・小屋でも同じ部屋だったので翌日のコースを相談したり・・・翌日大池を回って下山していった。時間によっては白馬大池山荘にもう一泊するという。 朝日岳山頂からは海が見えた気がする。あれは海だったと思う。 ご夫婦と写真を撮りあったりして、山座同定や住まいの話などをしていると・・・さっき雪渓を切っていた若者が、長靴で追いついてきた。恐ろしい速足・・・山頂で休憩をした。そこで『明日は天候が悪いそうですね』って聞くと、『予報では明日は晴れですよ』とけげんそう。 『さっきグループの人が、あなたが『荒れる』と言っていた』というと、『明日は晴れる・・・』と。 判りました・・・彼は『ハレル』と言ったのに、彼女は『アレル』と聞いたようだ。私の推理が正しければ、これで解決する。がっ あのグループは戻ってしまったのだろうか? 結果は私より一時間ほど遅れて到着した。 戻らなくてよかった。このアレルとハレルの話をしてあたところ『戻らなくてよかった』と喜んでいた。
山頂から30分ほど下って小屋に到着。なんだかんだ言いながらトレイルの若者二人に続いて、2番目の到着だった。途中で水平道が閉鎖になっているのを知り、少しガッカリ。明日はまた朝日岳に登り返さないと。 それより何より、雪倉岳に雪渓はあるのた゜ろうか・・・アイゼンなしで歩けるのだろうか・・・おかみさんに確認すると、『まあ慎重に行動すれば大丈夫』との返事。 宿泊の手続きで『イビキがすごい』と言うと、『予約にときに言ってくれたら検討も出来たけど、今日はいっぱいの予約で場所を動かす事は不可能』と断られた。 私の場所はちょうど頭のところに扉があって、人の出入りの度に心臓が驚いて・・・少しウトウトすると誰かが扉を開け閉め・・・この日も一睡もできないのだった。
それよりも変なのは・・・大食漢の私がご飯を食べられなかったこと。軽く一膳とおそば、こぶ締めとホタルイカが喉を通っただけ。 おでんも鳥から揚げのあんかけも残してしまった。やはり体調がおかしかったのだろう。 寝ても寝なくても・・・今回は白馬への縦走を中止して良かった。
今シーズン初めて二けたのお客さんが泊まった朝日小屋、おかみさんも張り切って・・・食前酒をサービスし乾杯の発声までしてくれた。今シーズンのこれまでの最高は7人。それがこの日は70人を超えて、テントの客も数十人。おかみさんも当然ホクホクで、顔がほころぶ。 食事は単独行の登山者が同じテーブルで食事。若い人が多くて年寄で単独行は二人だけ。こんな状況をまざまざと見せつけられ、侘しさを感じない訳には行かなかった。長いコースの山旅を単独で歩くのは何となく寂しいなあ・・・・・この後少し考えている。
夜、食事が終わって・・・この時点ではまだ白馬への縦走を考えていたから・・・早いもの順に朝食を摂るとの決まりが心配だった。 第2グループになったら、食事は何時になるのか? 結局何時に出発できるのか? ところが翌日の朝食は摂る人が少ないので、並ばなくても良いと教えてくれた。白馬へ縦走する人も、栂海新道を行く人も・・・早立ちが基本で、朝食を弁当に変えて出発するようだ。 翌朝、先に言ったようにその晩は一睡もできずに、不快な起床。頭痛もするし集中力も確保できず・・・結局、朝食も進まなかった。 山でのエネルギー摂取は山歩きの重要要件。それができないとあれば大事を取って、蓮華に戻る事にした。決して蓮華へのコースが楽なわけでは無いが、現状では最短コースだ。朝日小川温泉への北又道は崩落で閉鎖されていたのだった。 アイゼンなしであの雪渓を下るのは嫌だったが・・・何とか無事にクリアした。もちろん技術的なプレッシャーではなく、精神的なものが原因だ。
おかみさんに『体調が悪いから白馬をやめて蓮華に下山する』と言うと、『今日の予約は16人だけだから、部屋を開けて一人で寝かせてあげるからもう一泊したら? どうせ白馬で一泊するつもりだったら時間は大丈夫でしよう?』と言ってくれたのだったが・・・。 ひょっとして・・・あの乾杯の時にだくだくと流れた脂汗を思うと・・・また心臓かもしれないと思っていた私は、できれば下山者の多いその日に下山したかったのだ。 たまたま白馬で美容室を経営しているという女性の方が、ずーっと一緒に歩いてくれてずいぶん心強かった。下右の写真は雪渓を下るその女性。この雪渓からあと、蓮華までずーっと一緒に歩いてくれた。 それにしても心配していた雪渓、翌朝下ることになった私は何か嫌な予感がして・・・余計に慎重に行動したのだった。
どんなに落ち着いて行動したようではあっても・・・やはり本来の私ではなかったようで・・・帰りは花園三角点も知らずに通り過ぎた。三角点からの下りに蓮華温泉の建物が目に入ると、何となくほっとした記憶がある。 ここらあたりで登りの登山者が結構出会い・・・聞いてみると予約していないとっ。おかみさんに怒られるよ・・・っと教えてあげた。 その人数は10人以上・・・本当にこの日私に一人で部屋を使わせてくれる余裕があったのか、疑問ではある。白馬からのルートでも予約していない客が無いとは限らない。 途中、白高地沢で食事を摂って大休止にした。ここから蓮華まで2時間、必至で登らなければならないから。12時前に蓮華温泉に到着。発作も起きず順調に下山出来た。 今考えれば・・・白馬への縦走は本当に無理だったのか・・・と思えなくもない。しかし【死んだ子の年を数えても仕方がない】という通り、私が選択した道がベストの決定だったと思うしかないし、山ではちょっとのリスクも冒したくはない。慎重に行動してこそ、長く楽しめるのだ。 次回は栂池から三国堺、そして雪倉から朝日と歩いてみたい。白馬まで縦走して百高山の【旭岳】に登る目的は達成できなかったが、念願のコースを踏破できたのには大きい意義がある 下山後、おかみさんに無事下山出来たと電話をすると、私の後を遭対協の方が下ったのでよく頼んでおいた・・・と。本当に細やかな心遣いをしてくれるおかみさんに感謝。 今までの経験で・・・こんな気遣いをしてくれる小屋のオーナー・・・朝日小屋の清水さんのほかには、剱の早月小屋の佐伯さんが思い出される。 少し眠りたかった・・・が蓮華温泉ではない風呂に入りたかったので、北小谷まで車を進めた。教えていただいた風吹の湯で・・・お風呂に入って蕎麦を食べて1.000円のコース。でも御蕎麦はちょっと・・・・・二度目は無い。 川沿いに涼しい風が流れていて、キャンピングカーの窓を全開にして眠った。自分のいびきで時折目が覚めるものの、1時間ほど爆睡。白馬縦走を諦めたことが後悔されるほど体調は回復していた。人間・・・眠りが最も大切と実感。