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中山道いろいろ旅 上州路【本庄・新町宿~阪本宿】

上州路【本庄・新町宿~阪本宿】

2007/03/03

【本庄宿~新町宿】8キロ
町が建てた
神保原駅に近づく

 天気予報が暖かい日だと報じていたので急遽スタートする。旧本庄警察署の建物前から歩き始め、50分ほどで神保原の駅入り口に。角のセブンイレブンで飲み物を買い込み、ちょっとトイレ休憩をとる。

 本当に穏やかな日で、数年前の同じ日に白川郷で大雪に見舞われた事を考えると、埼玉は自然環境に恵まれた素晴らしい地域だと実感せざるを得ない。妻は薄手のシャツにベストだけで・・・。

再び17号に出会う
一里塚跡

 R17号を横切り金窪地区に入って行き、再び17号が見えてくると右手に一里塚跡がある。ここで2回目の休憩をとる。

 立派なお宅の塀の基礎に座らせてもらったが、信号待ちの車からは好奇の目で見られているようだ。こうした趣味のない方には《街道を歩く》こと自体が考えられず、ましてや恥ずかしげも無く道端に座っているなど何事だと思っているに違いない。

 こんな目にも大分慣れたが…恥ずかしく無いわけではない。

古戦場跡立て看板
神流川を渡る・常夜灯

 神流川の堤防には古戦場跡の説明板があり、北条氏や滝川一益など歴史好きにはお馴染みの名前がある。

 織田信長が本能寺で討たれたあの事件が起こした影響の話で、この戦で破れた後の滝川家は結果として歴史から姿を消していく運命に見舞われた。

 橋を渡りいよいよ上野の国に入る。欄干には常夜燈のレプリカがあるが、本物と同じように文化年間の表示があった。

新町に
こちらにも古戦場跡看板

 日本橋からもうすぐ100キロ、足が痛いのも当然だ。自衛隊の基地にはヘリコプターや装甲車も堂々と置かれていた。

 普段は車であっという間に通り過ぎている景色の中に、見落としてはいけない重要な【景色がある】事を確り認識する。

 そしてその向かい側には我が家が好きなガトーハラダの新店舗が見える。

大きな常夜灯
行在所公園

 常夜燈から右手の旧道に入って行く。そろそろトイレが心配だったが、ちょうどいい場所に行在所公園がありトイレがあった。

 明治天皇が行啓の折に宿舎とした建物が公園内に保存されている。

見落としそうな本陣跡

 本陣跡は民家の塀に沿って細い柱が一本建っているだけで、うっかりすると見落としてしまいそうだ。

【新町宿~倉賀野宿】6キロ
早足の同好の氏
烏川の堤防を行く

 信迎庵の写真を撮っている間に同好の氏が追い越して行く。『今日はどこまでですか?』と尋ねられたので『倉賀野までです』と答えると、にっこり笑って早足で去って行った。

 堤防沿いに気持ちの良い歩きが続き、スーパー銭湯を過ぎるとそろそろ12時。しかし今日は何もたべものを用意していなかった。

 食べ物屋さんは全くないので堤防下で風を避けながら、煎餅やクッキーでお腹を我慢させる。

柳瀬橋は心地よい風が
日光街道へ

 柳瀬橋は歩道が別の橋になっていて無粋な車に邪魔されることもなく、素晴らしいロケーションが楽しめる。烏川の川面を渡る風は心地よく頬をなでていく。

 新しいR17号を横断すると倉賀野駅まで3キロの表示がある。今日の予定もそろそろ終了。

 日光街道との別れには常夜灯があるが、『江戸』などの表示に何か大きく夢が広がっていく感がありる。京都までまだまだだが、ずーっと挑戦し続けられる事が私達にとって夢の実現そのものなのだ。

 本陣跡は次回に回して駅に向かう。500㍍近くあったかもしれない。切符を買っている間に電車に行かれてしまい、30分も空きっ腹を抱えて駅のベンチに座っていた。駅付近にはレストランどころかお店すらなかった。

 列車の本数が少なくなる地域になってきたので、学習しなければならない・・・次回からは確りダイヤを調べて計算して歩こう。

2007/03/10(土)

【倉賀野宿~高崎宿】4キロ?
倉賀野脇本陣
倉賀野高札場
和田多中町・前方にバスパス

 朝、JR高崎線で倉賀野駅まで行き、倉賀野の脇本陣を出発する時はちょうど10時になっていた。すぐに高札場がある。前回本陣跡を見落として通り過ぎたようだが、妻が戻らなくても良いと言うのでそのまま高崎を目指す。

 標柱には3キロという表示があったが、ガイドは7キロになっている。どっちが本当なのか判らないが、出発して1時間ほどで愛宕神社を過ぎて駅付近に到着。どう考えても7キロは無いと思った。

合格点のパン屋『日英堂』
大きなパネルの宿場浮世絵
七宿分に見入る妻

 ここで妻がパン屋さんを見つけ、当然入ってみる。創業100年以上だと言う『日英堂』は、ツナのパンが生地とうまくマッチングしていて合格。

 ここからほんの僅かで上野七宿の大きな浮世絵がパネルにして掲示してある。やはり埼玉県よりは真剣に中山道文化と対峙しているようだ。

市街地を行く管理人
高い煙突・岡醤油店

 道路原票を見逃して本町3丁目の信号を左折。山田漆器店が目印だ。往時そのままの景観が雰囲気をかもし出していた。

 そして岡醤油店の煙突を目印にして右折するべきだったのだが、間違えてバイパスまで行ってしまう。とても車の中を進む気になれず戻ってボーリング場の方に進むと、中山道 の表示に出会う事ができた。

 いよいよ【君が代橋】を越えるが、丁度12時なのでお昼にする事にした。

ここに公民館があり簡易式だがトイレもある。あまり使いたくないトイレではあるが、万が一の場合は仕方がない。

 グランドでゲートボールを楽しんだお爺さん・お婆さんが食事中だった。『どこまで行くの?』『今日は安中までです』『日本橋を出発してきた』と会話が弾む。

 今日は妻が出がけに私の好きな玉子焼きを入れてくれた弁当を持参した。そして先ほどのパンがある。もっとも歩いてお腹がすき・・・妻と二人で・・・手作りの弁当・・・美味しくない要素は何も無い。

【高崎宿~藤森一里塚】4キロ?
痛い足で君が代橋を越える
群馬八幡駅
見落としそうな一里塚

 食事後に歩き始めると妻が『ヒザが痛い』といい始める。前回も訴えていたが今回は深刻なようで、君が代橋は足を引きずる状態。そのせいでは無いだろうがここから綺麗に見える筈の榛名はどんよりと曇っていて・・・風が冷たく通り過ぎていく。前回の柳瀬橋で烏川を越えた日とは全く違っていた。

 まだ高崎の方が近いと感じたので『戻ろう』と言ったが、『次の駅まで行く』と言うので群馬八幡まで行く事にした。

しかしこれが意外に距離があった。

 ここで同じ地図を手にした若い女性二人組みが追い越していく。豊岡の茶屋本陣も捨ててまっすぐに群馬八幡駅を目指す。再びバイパスに出会い一里塚から環状線に右折するが、ここから駅はちょうど1キロほどあった。

 駅で次回の下調べをすると、群馬八幡から市営の『グルリン』と言うバスが藤森一里塚付近まで利用できそうだ。14時11分の電車に乗り・・・高崎で乗り換え、痛い足をかばいながら自宅に着いたのは夕方になっていた。

2007/10/06

 【藤森一里塚~板鼻】3キロ?
今日は快調に歩く
八幡宮前を過ぎる
だるまやさん

 車を無断で置かせていただく都合があり、ホームセンターがお店を開ける時間を見計らってスタートした。最初は足がどうもぎこちなく関節が何か硬いような気がしたが、八幡宮の鳥居を過ぎる頃には順調さを取り戻す。

 達磨屋さんの前には白い未完成の物が並んでいた。

バイパスと分かれる
かわいらしい道祖神
板鼻の街にさしかかる

  陸橋の手前からバイパスと別れ、右手の細い道に入る。家並みの中の通り沿いに可愛らしい道祖神 が祭られていた。

今時珍しい踏み切りも越え、街並みに沿って進む。

板鼻本陣跡は公民館

 本陣前は前にも通った事があり、よく知っていた。この本陣跡の公民館は今日は何かに利用されていたらしく、開いていましたので中に入りトイレを借りた。しかし結果的にはほんの数十メートルで公園があり、トイレもあった。

食堂前にある手動ポンプ
それらしい建物
蔵も雰囲気満点

 街の中は雰囲気的には・・・何も残っていない・・・と言った方が適切だと思う。僅かに古い物がチラホラと見受けられるだけだ。その中であるお店の店先に手動の消防ポンプは一見の価値あり。

 【板鼻~安中】3キロ
板鼻宿はずれにあった石橋
鷲巣橋の上から碓氷川

 安中に向かって板鼻を後にすると町外れに珍しい石の橋があった。中山道の一部なのか分からないがとりあえず写真は写しておく。直ぐに鷲巣橋で碓氷川を超えると、いよいよ安中市街に入っていく。今日は二人共順調で、駅に寄って帰りの列車時間を確認する。駅員さんが親切な方で中山道の地図までくれたが、念のために駅前のバス停で群馬八幡駅方面のバスの時間も確認する。

安中仲宿付近を行く
小さな標柱 木戸跡

 今日の目的は武家屋敷付近と事前に調べたパン屋までだったが、新島学園まで歩き出会った女子高生に聞くと『パン屋さんは更に数キロ先』だという。パン屋はあきらめ武家屋敷方向へ向かい、ある食堂で昼食にした。まずくは無い・・・と言つてあげたいと思うが・・・不味かった。やっぱり弁当を持参すべきで、急に思い立ってのスタートだったから準備不足だ。

いかにもそれらしい建物
長屋風の武家屋敷
安中本陣跡は郵便局

 やはり安中にはそれらしい建物が残っていた。前回から気になっていた武家屋敷を訪ねたが、お金を払ってまで見る価値は疑問だ。今日は終わりにして駅に向かい、途中で本陣跡の郵便局を写真に収める。バス停があったので確認すると松井田からのバスがここに留まる事が分かった。次回は安中の商工会議所の駐車場に車を置き、松井田まで歩いてバスでここまで戻れそうだ。

  このまま駅に急げば2時の列車に乗れそうだが、果たして駅まで何分かかるかも分からずモチベーションは上がらない。それと今日は限界を超えたようで、やはり足が痛くなりゆっくり駅に向かう。残念な事に後5分ほどで駅という所で無常にも電車は走って行った。

 駅でバスの時刻を確認するとちょうどいい時間があったが、コースはどうなのか。どっちみち電車が来る前に確認できるのでバスを待って見た。そして運転手さんに聞くと・・・なんと藤森の一里塚の前で留まるという。しかも市街地の操車場から乗れたようで、駅まで歩いてきたのは無駄だったようだ。やっぱり確りした調査は必要だ。

帰りにバスから 色が付いていた

 来たバスに直ぐに飛び乗った。群馬八幡の駅から歩く事まで計算すると1時間は違ったと思う。途中達磨屋さんの前の朝真っ白だった達磨は赤く塗られていた。

 車を置いたホームセンターでは、お詫びの意味を込めて台所用品などを色々買い物をする。それでも渋滞前に家に戻りついた。バスを利用できたのが大きなメリットだった。

2008/01/20(日)

【安中~松井田】10キロ
市営駐車場からスタート
1キロ弱でR18

 安中市営の商店街駐車場に車を置くと、帰りは松井田からバスが目の前まで運んでくれる筈だった。昨年安中まで歩いた際に調べておいた。商店街はシャッターが降りたお店が多く、駐車場も遠慮がいらない状態で安心して置く事が出来る。

R18を越えると原市杉並木
高札場跡

 今日は急に思い立ったので弁当の用意はない。11時にスタートし1キロほどで18号を横断する。この先食事やトイレの心配があったので、コンビニでパンを買いながら用事を済ませた。

 再びスタートすると直ぐに杉並木。500年から1000年近いのもありそうだが、正確には分からない。中山道に因むものなら精々400年だろう。途中ちょうど正午頃にパン屋さんの前に立ったので、当然買ってみた。オニオンがたっぷり載った美味しそうなヤツ。直ぐ隣に公園があったので、ここでコンビニのパンと併せて昼食にした。

原市付近を行く

 歩道の無い部分が長い区間あって、そこそこ神経を使いながら歩かなければならない。ただ500㍍毎にキロ数を表示した柱が立っているので、逆にその部分は安心して歩く事が出来る。群馬県は確り表示してくれているので、埼玉と違って高く評価したい。

少しだけ雰囲気
再びR18は妙義道分岐
妙義道分岐の常夜燈

 ところどころ雰囲気が残る原市地区を過ぎると、再び妙義道分岐の常夜燈の場所でR18と出会う。今日はうっかり地図を置いてきてしまったので、正確には中山道が解らない。多分常夜燈から左に下って行くのだろうと思ったが、妻には厳しそうだったのでそのまま大通りを行く。結果は運良くこちらが正解だった。

松井田の市街と妙義山
市が用意してくれた休憩所
多分、このあたりが本陣跡

 松井田の街が望める場所に出た。その向こうには特異な形の妙義が聳えている。ここまで来ると後1.5キロほど。バス停の時刻表を見ると1時間程の余裕があり、焦らなくても間に合いそうだった。ゆっくり松井田のシャッター街を歩いて行った。でも安中の商店街よりは開いている店が多く感じた。

商店街から浅間を写すはずだったが、すっかり忘れていたので写真は無い。

  数人の方に聞いて本陣跡を特定したが、表示は一切なかった。そろそろバスの時間が近づいたのでバス停に行くと・・・気付きたく無い事に気付いてしまう。何と・・・バスは【日曜運休】だったのだ調査不足でした。それなら安中までJR来て歩くべきだった。何としたヘマな事をしたものだ。それでも未練たらしく何件かお店に入って確認した。

いずれも返事は【日曜は運休】で・・・間違いなかった。

創業時の信金跡
松井田駅
1時間も待った電車

 仕方なく松井田駅に向かう。途中にすごく気品のある見事な蔵造があり、二人であれこれ想像を話し合っていると近所のおばさんが【創業当初の信用金庫だ】と教えてくれた。

  ほんの10分程で駅に着く。時刻は14時5分。駅舎に入りダイヤを見ると・・・何と【5分前】に電車は出発していた。

  次は15時5分で結局1時間も待つ事になってしまう。日曜運休に気付かずに、バス停にいた時間が悔やまれる。

寒い日なので風の通り過ぎる待合室は厳しいものがあった。ひょっとして明日は高熱が出るかもしれない。安中駅から商店街は30分ほどかかるが、今日はもう覚悟を決めて・・・歩くしかない・・・と割り切る。なんとか無事に12キロほど歩く事ができた。

2008/01/26(土)

【松井田~坂本】10キロ
真っ白な浅間が迎えてくれる
西松井田駅付近
西松井田駅信号を過ぎて左折

 松井田駅の無料駐車場に着いたのは、11時を過ぎていた。ザックを背負った同好の氏らしき人がもう戻ってきた。今日は風が冷たく速めに切り上げたのだろうか?

 とりあえず松井田町役場に向けて歩いて行くと、浅間山が青空に映えていた。一旦中山道に出て松井田城址・西松井田駅入り口の信号を過ぎて最初の脇道に左折する。うっかり見落としそうな道だが、街道歩きに慣れてくると【いかにも中山道】と訴えている。

 直ぐに江戸から32番目の一里塚があるが、道から10㍍ほど奥の民地にあるので入り込む事はできなかった。

線路に沿って進む
再びR18を超えて五料へ
五料茶屋お西

    
 しばらく線路に沿って行く事になる。左手には妙義、正面に浅間・・・心が真っ白になるようだ。再びR18に出会うがこれを突っ切り、直ぐに高速をくぐって五料茶屋方向に進む。

 12時に近いのでお昼の心配が出てきた。五料茶屋は前にも寄って雛人形の写真を撮ったりしているので、今日は寄らずに過ぎる。

ミカンをくれたおばあちゃん

 庭先で掃除をしていたおばあさんがいたので、中山道や食事が出来る場所を聞く。おばあさんは横川の出身らしく子供の頃の話に発展してしまう。しばらく聞いてあげたが長くなりそうなので、遮る意味で庭の柑橘類の話にすりかえた。

 そしたらおばあちゃんは『ミカンを食べながら行け』と、大きな木鋏を私に渡して『切れ』と。

 お断りしたのです・・・折角収穫できるのに・・・。

 木には届かない場所を除いてミカンはなくなる。本当に親切なおばあさんでした。早速歩きながら食べたが、味の濃い確りした美味しいミカンだった。『ノドが乾いた』と言っていた妻は大喜びで、おばあさんに感謝する。

茶釜石説明版
叩いてみる妻
夜泣地蔵

 おばあちゃんのお宅からほんの僅かで踏み切りになり、それを渡ると峠風の登りになる。ここのほぼ最高点に茶釜石と夜泣地蔵があった。茶釜石は小石を持って叩いてみると、本当に『カンカン』と鉄のような音がするのでものすごく硬い石に違いない。そして同じ場所に立っている地蔵さんは、妙義をバックに配して素晴らしいロケーション。

やっと下りの道が

 数軒の集落を過ぎて下って行くと、ふたたび線路に沿った道を行く事になる。碓氷神社前の踏み切りでまたR18に出て、更に一本裏の通りに進む。しかしお腹が空いたので、丁度そこにあったコンビニで買い物をする事にした。店の裏の斜面は5メートル程ありましたが妻の手を引いてよじ登る。

 おにぎりを買ったが国道の端で埃を吸いながら食べたくはなく・・・、しばらく食べられそうな場所を探しながら、先に進む。

百合若大臣の足跡石

 百合若大臣の足形石の前のお宅がからっ風を遮ってくれていまので、この陽だまりで食べる事にした。この家の方がちょうど出て来られたので『ここで休ませてください』と言うと『どうぞ』と気持ちよい返事が返ってきた。

 今日はじめての休憩だが、食事だけで再び行動する。何度目かの踏み切りを渡り、再び線路に沿って横川を目指す。遠くに【おぎのや】のドライブインが見えていた。

 水が石垣の間から落ちていて老人会の名が入った柄杓がおいてあったで、確り飲料水として使える水なのだと思い記録に残して置く事に。

横川の駅付近を行く
おじぎ石
碓氷関所跡

 家並みに入り横川駅、碓氷関所を過ぎると後は坂本を目指すだけ。

坂本へ登って行く
高速が見えるともうすぐ
木戸

 旧碓氷峠に向かい橋を超えて直ぐに峠道に入ったが、坂を登るとあっという間に再び国道に出る。所々凍っていて非常に怖いものがあり、慎重に行動する。残り1㌔ぐらいから足がパニック。怪我した箇所が紐をきつく締めると痛むのでゆるく縛っていたが、そのため親指の爪が当たったようだ。それがもう限界だった。 高速が見えてくると木戸は直ぐで、どうにか宿場に到着する事が出来た。

坂本本陣跡
屋号の看板
宿場一覧
まだ使われているの?

 ここも妻と何度も通っていたし、立ち寄ってもいる。屋号の写真などを少し撮っただけで、あとは前の写真を使おうと考える。そろそろ帰りの足の心配だが、聞き込むと【峠の湯】から町のバスが走るかも知れないという情報を入手できた。

万が一それが駄目でもトロッコがあるはずだ。

 本陣をやり過ごし峠の湯に到着する。本日の歩きは終了・・・のはずだったが、フロントで確認するとバスは土日運休で使えない。それではトロッコは・・・やはり2月一杯運休だった。今日も下調べをしていない事が祟ってしまった。

 今日は横川駅で止めるべきだった。そうすれば次回は横川駅までJRで来て、そこからスタートできたのに・・・。

 次回ここから歩くとなると今日の歩きが無駄になってしまう。ガッカリ・・・。

 痛い足で横川までの戻りは、何か納得できない物があった。自己責任ですけどね・・・。

おばあちゃんのミカン

  横川に到着すると運良くそんなに待たずに電車があった。しかも始発なので電車は既に入線していて、暖かい車内で出発まで待つ事が出来た。コーヒーを飲みながら・・・そしておばあさんのミカンを食べながら・・・くつろいで出発を待つ。

  妻が『いまだにあんな親切な方がいるんだね!』と。私は『知らない人にあげちゃって、家族に怒られていないかな?』と不安だった。だって木にはほとんど無くなって・・・私の大型ザックはミカンが沢山詰まっていた。

峠の湯の【環状列石】

 峠の湯の敷地内に環状列石がある。全国的に見ると何箇所かで発見されていて、秋田や青森で見た事があったが関東では初めて。

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