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85-1. 聖岳

炎の激走・・・赤石岳・聖岳 Ⅰ 大沢岳(2,819㍍)・中盛丸山(2,812㍍)・兎岳(2,818㍍)

メ モ
登頂日 12/08/08(水)〜11(土)
天 候 晴れ
百名山登頂順 84番目
標 高 3,120㍍・3,013㍍
登山口 椹島
同行者 単独
温 泉 赤石温泉 白樺荘
500円

タイム
場所・地点 備考
畑薙ダム臨時駐車場 : 8:00 車中泊
椹島ロッジ 8:55 9:30
赤石小屋 (1日目泊) 14:00 5:30
赤石岳山頂 8:25 9:05
百閒洞山の家(2日目泊) 11:15 4:50
大沢岳 6:00 6:10
中盛丸山 6:45 6:50
小兎岳 7:30 7:35
兎岳 8:20 8:45
聖岳 10:50 11:45
聖平小屋 (3日目泊) 13:30 4:50
聖沢登山口 8:30 10:00
畑薙ダム臨時駐車場 11:00
所要時間
一日目
4:30
二日目
5:45
三日目
8:40
四日目
3:40

平田影郎

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                                           聖岳 Ⅱ へ

数年前まで私の山行スタイルは【頂上への最短登山口からピストンで】が主流だったが、3年前の水晶岳縦走あたりから【縦走でなければ知ることができない山の魅力】におぼろげながら気が付いた気がする。

それからと言うもの計画は目的の山に近い峰々を巻き込んだ縦走が多い。

南アルプスの南部、日本最南端の3.000㍍峰【聖岳】も当然、縦走の中で登頂することにして計画を立ててみた。そうなると自分の実力とは関係なく次から次と登頂したい山が出て来て、計画自体がものすごく欲張ったものになっていた。椹島から赤石岳に登り、日本百高山の大沢岳・中盛丸山・兎岳・・・・・天候を考えてさらに広河内岳・茶臼岳・光岳などを五日間で踏破しようというものだ。

ただ出発前から週間天気予報で5日目は【雨】とほぼ推測できていたから、その計画の中断をどこで判断するのかが焦点になりつつあった。最低でも茶臼まで登頂できて、ウソッコ沢を畑薙や大吊り橋に下山出来ればそれで十分であった。

5日間の山小屋泊まりでは宿泊費用だけで50.000円、それに交通費を併せると80.000円からになってしまう。リタイア生活者としては、少し費用の割り振りを検討しなければならない。そこで考え付いたのが『食料を担ぎ上げて自炊での山行をやってみよう』と。

実はこの前の飯豊縦走は小屋の事情からこうならざるを得なかったが・・・食料を少し工夫すれば【快適な山旅】を楽しめるという確証が得られていた。

そこで今回は自分なりに副食等にも少し配慮した準備で挑んだのだったが・・・。結局終わってみると・・・タフでハードなこのコース・・・一つのネックが重い食材によるダメージ、更には口にあわない食材が喉を通ってくれず・・・食料持参作戦は失敗。

そんな過酷な状況の中で体力の源として役に立ってくれたのが、自宅の猫の額のような畑で収穫し沢山持参したトマト。エネルギー源として大いに役立ってくれた。更にはフルーツのゼリーがカップに入ったもの・・・これは疲れた体にも喉をツルンと通り過ぎて・・・胃には優しく働いてくれた気がする。

そして何より多くの皆さんとの語らい・励ましあいが活力となって背中を押してくれた気がする。最終の宿【聖平小屋】での共に縦走した皆さんとの乾杯は、忘れられない想いでとして残っていくに違いない。

畑薙までは本当に遠い、うんざりするほど遠い。しかもいつ崩落するかもしれず、一旦崩落すれば確実に数日間は閉じ込められてしまうこの地域。井川は一定以上の規模のコミィニティを形成しているのに、こんな道路状況は信じがたい。しかも・・・天下の静岡県が・・・である。徳島県の剣山の時も感じたが・・・徳島県には納得できても静岡県には到底納得できはしない。

そんな南アルプスの南部の山に挑むのも今回が最後になってくれたら・・・しかし、天候はままならず結局【光岳】を残してしまった。

天候の関係でどうしても工程を一日短縮する必要があり、急きょ前夜に出発することにした。最悪【寝ないで歩き始める】事も視野に入れていたが、新東名の島田・金谷インター着が1時過ぎだったから畑薙で少しは眠れそうだと期待もあった。

しかし全くの失敗だったが・・・ガソリンがメーターの最後のラインにかかるほどしか残っていなかった。このまま千頭・井川方面に向かっても夜中に開いているスタンドなんてあるはずもなく、5キロ以上走ってはいたが島田市街に戻ることにした。

コンビニで開いているスタンドを聞き無事給油はできたが、時間的には一時間のロス。でもこのロスはガス欠などを考えれば、無駄にはならないロス・・・安心して畑薙に向かった。

昨年走っている割には記憶に残っているものが少なく、所々で何度か迷った。一番の道迷いは井川と寸又峡の分岐で寸又峡に向かってしまったこと。前回は迷わなかったところだが、やはり夜中では様子が違う。『右、井川方面』という看板があったのだろうが、今回は全く気が付かなかった。

畑薙で3時間は寝たい・・・9時のバスでいいや!    ところが僅か1時間ほどで目が覚め、7時ごろから朝食のパンを食べたり、パッキングをしたりで時間が経過する。

7時50分ごろになると8時のバスの運転手さんが『あと5人だけだよ・・・そのあとは次の便だからね』と叫んでいる。それを聞くと・・・9時のバスと決めていたのに、なぜか『乗りま~す』と返事していた。飲みかけのコーヒーなどもそのままに、あわててバスに飛び乗った。場所は補助席。ところが今日の運転手さんは飛ばす・・・飛ばす・・・補助席の私は坐骨神経痛が再燃しないか不安で一杯ので1時間あった。

赤石小屋までは前回逆コースで経験があり、どこが厳しくてどこが楽かある程度理解していた。がっ前回下りで厳しかった5分の3の【樺段】までは、今回登りなので予想の範囲。ところが簡単であったはずの5分の4から赤石小屋までが長くて・・・以外に辛く感じた。寝ていないことが後半に大きく影響したようだ。何より【根気】に・・・。

小屋が見えてくると一気に安堵感・・・こんな調子で今回の厳しい山行を達成できるのか、逆に不安は一気に増して心を覆い尽くしていた。

途中、追い越したり追い越されたりした同年代の男性が一人。結局この方とは4日間行動を共にし、下山してからも色々案内をしてもらうほどのお付き合いになった。

静岡市からの浅井さん・・・ご自分で『野菜は喰えるけど、浅井は喰えない』なんて飄々として言ってのける・・・全ての面で【余裕】が感じられる紳士だった。

椹島から赤石小屋までを5つに分けて表示されている
小屋前の5分の5表示板と赤石岳の勇姿

小屋で受付をすると、私はどうも自炊棟のようだ。この時点で【たった一人】と知る由もなく・・・食事の準備も寝ころんでも、何をしていても楽しくはない。何より暗くてジメッとした感じで・・・ダニでも出てくるのでは?  ただ寝具は天日干しをしたようで、使えそうな感じ。飯豊の門内小屋とは違っていた。

少し横になったが当然眠れるはずもなく、だれか話し相手を見つけようと本館の方に出向いてみた。すると単独行の男性・・・岩手の滝沢村からだというので、岩手の話で盛り上がる。懐かしい話、震災の話、あれやこれや2時間以上も話していた。

夕食は担ぎ上げたチキンラーメンと昼に残ったおにぎり、マグロの缶詰に庭で採れたトマトと紫波杜氏が鍛えた技もの・・・純米吟醸での晩酌。6時には眠った気がする。

暗くてジメッとした自炊宿泊棟は昼でも暗い
たった一人の食事、何を食べても美味しいはずがない

朝食に何の因果がパスタを準備。しかしこれが食えない。不味くて・・・朝から脂っこいのは胃に重く・・・半分も進まず残してしまった。このあと数日間で私はかなり学習した。白いアルファー米に梅干しや海苔などであっさりと・・・が意外に喉を通りやすいとか、あるコンビニで売っている要冷蔵では無い調理済みの鮭の焼き物など・・・まだまだ工夫をすれば美味しく食べられるようだ。

今日は狙い通りの快晴、短い行程なのがもったいない。富士見平からは昨年踏破した荒川東岳の勇姿が望める。コースの至る所は単管パイプで足場が作られ、よほどよそ見でもしない限り安全に導かれる。写真ではいかにも【安全】に見えるが、実は下が数百㍍切れ落ちている・・・なんて個所も限りなくある。

富士見平と後方に荒川東岳(悪沢岳)
小赤石岳のコルまでこんな道が数か所

そしてこの時期の楽しみの一つがお花畑。比較的地味な色合いの花が中心で、シシウドやトリカブトなど。たまにクルマユリなどの派手な色がアクセントを付けてくれる。振り返ると相変わらず富士。赤石の稜線を見上げるとその上方の青空の中に、白く輝く下弦の月がまるでしまい忘れられたように残っていた。

シシウドやトリカブトが咲くお花畑
振り返ると雲海の中に富士
天空には下弦の月

3時間ほどで赤石岳山頂に再び立つ。前回強風の中で耐えた山頂、しかし今回も夏としてはかなり風が冷たい。シャツを着こんでいることで判っていただけよう。辛い登りの3時間であるにも関わらず、この時期での長袖は私には有りえない事だ。大学生のグループが証拠写真を撮ってくれた。私としては本人が映っている山頂写真は珍しい。

赤石の一等三角点、これはあまり知られていないが日本最高所の三角点である。最高所と言えばやはり富士や標高2番目の北岳、あるいは3番目の穂高岳にでも有りそうな気がする。

縦走路の先に目をやると兎岳や聖岳が・・・手ぐすねを引いて待っている。

赤石岳・・・二度目の登頂に成功す
日本最高所の一等三角点と富士
縦走路の先に聖岳がそびえる

赤石山頂の社にお参りをする。そして30分ほど食事休憩にした。あまりに強い風が吹きすさぶので、小屋の風下で食事しながら様子を見ていた。

次の宿泊地【百間洞】までは、2時間程らしい。コースタイムでは3時間だが、小屋番さんの話では下る一方で時間が短縮できるらしい。それなら『焦って出発することもない』と休憩にしたのだった。

赤石頂上避難小屋と赤石山頂
赤石山頂を後にして百間洞に向かう。振り返ると赤石避難小屋

百間洞には勿体ないほど下る。ザレた急斜面は一たび石が転がり始めると、次から次と他の石を巻き込んで大惨事になりそうな雰囲気。【馬の背】のように痩せた尾根が雲海へ伸びていく。実にたおやかな尾根の先に【百間平】と呼ばれる台地が展開する。

厳しい岩稜帯の中にも優しさが覗く南アルプスの奥深さを実感する。

赤石岳からの下りはザレた道
通称【馬の背】の縦走路
馬の背で振り返ると、赤石岳に刻まれた縦走路

百間平からさらに小一時間小屋まで下ることになる。小屋の手前にテント場があるが、そこに管理人さんがいた。あまりに早い到着でビックリしていた。お世話になる事等を話す。携帯の繋がる所を聞くと既に私が通り過ぎた『長野側を見下ろす尾根がつながる』とか。

『戻りましょう』と言われて躊躇していると、『私も一緒に行くから行きましょう』と言われ、急ぎの連絡ではなかったが流石に断れずにザックを置いて尾根に登って行った。

この山行中は連絡が取れないと妻に言ってあったので、連絡があった事には意外だったようだ。

早い受付で私は希望していた一番端っこのスペースを割り当てられる。食堂でコンロを使用して構わないと言われて、食事している間に多くの方がやってきた。浅井さんもやってきて、割り当てられたスペースは私の隣。C1と言う場所をこの日は二人で使う事に。

浅井さんは『今日のうちに大沢岳に登頂する』と出かけて行ったが、私は明日の朝一番で登るつもりだったから小屋でゆっくりしていた。食堂で自分で担ぎ上げたお酒を飲みながら管理人さんとの会話。小屋の無線からは遭難に関する会話が流れていたが、それをずーっと聞いていた。ヘリまで出動した遭難だったが、何と『遭難者が消えた不思議な事件』になってしまったようだ。

浅井さんが戻ってきて翌日の飲料水の準備にかかるが、私はその隣でお酒を飲んでいた。四日分のつもりで持ってきたお酒は、二日間で無くなってしまった。

百間洞山の家と言えば夕食のトンカツが名物。これを食べるためにここまでやってくる登山者も多い。当然私もそれにはかなりの魅力を感じていて、大いに迷ったが・・・担ぎ上げた食材の存在が重い。これを自分で減らさない限りいつまでもザックは重い。泣く泣く諦めて、不味くて喉を通りにくいレトルトの食事で夕食とした。次回は絶対『食べてやるぞーーー』

この日小屋には火傷を負った女子大生が泊まっていた。多分料理中にコンロが倒れたりしたのだろうが、目的地に到着したら靴の紐を緩める・・・という常識を理解していれば靴を直ぐ脱ぐことが出たし、あるいは数メートル先に川が流れていたので足を水に浸けても良かった。

若い人たちには無理だろうが・・・危険はどんなところにでも潜んでいるという発想があれば防げる事故もある。管理人が手当をしてあげていたが、靴にあたって歩けそうにない傷だった。どのように下山したのか・・・気がかりだ。

テント場が出てくると小屋が見えてくる。
百間洞山の家、名物は夕食のトンカツ

         赤石岳・聖岳 Ⅱ  に続く

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