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松蔭神社と松下村塾

くるま旅

松蔭神社と言えば、維新の志士を育てた吉田松陰を祀る神社。

そしてこの隣に多くの志士に影響を与えた、松下村塾があります。

安政の大獄で井伊直弼による圧政の犠牲となった松陰。

塾で教えた期間は僅かに1年と1か月ほど。

その間で伊藤博文や高杉晋作、木戸孝允などが教えを受けました。

吉田松陰を祀ると言っても、本当のお墓は東京世田谷区にあります。

三軒茶屋から小田急線の豪徳寺(玉電では【玉電山下】と言ってました)を繋ぐ東急の電車。

むかし渋谷からR246を二子玉川まで走っていた通称【じゃま電】こと、現在の東急多摩川線の地下鉄と三軒茶屋で分岐していました。

その三軒茶屋から3つ目の駅が【松陰神社前】で、維新後にそこに移されて眠っています。

一説には松陰のお墓は「4か所にある」とも言われているとか。

学生時代、私は三軒茶屋から1つ目の駅【西太子堂】に住んでいました。

そしてその隣の2つ目が【若林】、そして3つ目が松蔭神社です。

松蔭神社は萩と世田谷の2か所にあると言うことです。

西太子堂と松蔭神社はそんなに近いのに行ったことが無くて・・・今、思えば全く残念なことでした。

ネタがない時などブログ上で冗談に「長州が嫌い」なんて言ってますが、本当は歴史大好き人間ですから、維新の功績もを高く評価しています。

赤い旗を掲げる政党などは「薩長閥が江戸幕府に変わって天下を取っただけの、くだらない時代」と言ったりもします。

が、間違いなく日本の夜明けだったし、今の日本の繁栄は・・・ちょっと停滞していますけど・・・維新が招来したものです。

松下村塾の建物は神社の隣にひっそりとたたずんでいます。

どれが松下村塾か判別できないほどで、ただの古民家とさえ勘違いします。

最初は僅か三畳ほどの部屋で始めた講義でしたが、塾生が増えて増築して現在の形になりました。

東京の松蔭神社にも松下村塾のレプリカがあるそうですが、本物を見てきたのでわざわざ行く必要はないと考えています。

今回は神社の敷地内にある宝物殿【至誠館】に立ち寄り、松陰にかかわる歴史をしっかり勉強してきました。

でもここではその蘊蓄は省略します。

至誠館に寄らなければ、わざわざ松陰について勉強しなかったでしょう。

結局、松陰は日本の近代化に大きく貢献したとして、その松下村塾が世界遺産に登録されています。

併せて高杉晋作らの居宅があった街並みも、登録されています。

   

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