テント担いで北アの最深部・・・・鷲羽岳・水晶岳 弓折岳・ワリモ岳・三俣蓮華岳・丸山・双六岳
平田影郎
昨年から【一緒に山登り】・・・の約束があったが、家庭の事情でなかなか実現できずにいた。今年も計画していたのに急きょ私が北海道の山旅に出かけてしまい、誘っておきながら約束を果たせない状態が続いていた。
何としても申し訳なく・・・万難を排して実現させないと。
昨年来の計画は大井川の源流地帯にどっぷりと浸る山旅のはずだったが、私の北海道旅行で計画を延期したため先生の日程が3日しか取れない事になり、再度計画を練り直して黒部の源流に変更した。
時期はお盆休暇の真っただ中で相当の混雑が予想され、とても山小屋に泊まっての登山をしたいとは思えない。大自然を満喫するためにもテントを担いで登る事にした。となるとテントだけでは済まず、シェラフ・食料・アルコール・調理器具・・・ザックはパンパンに膨れていて、最終的には水を含めて18㌔ほど。
私の重さに比して先生のザックは軽そうで・・・あとあと二人で検討したが、新しい材質のテントの重量が一番の違いだった。それ以外にも私のザックには重い槍・・・ではなく【思いやり】が沢山詰まっていたので重かったのだが・・・。
駐車場が心配なので前夜のうちに新穂高に到着する計画。しかし先生は前夜からという行動をした事が無いらしい。駐車場の心配を話して了解して貰った。
先生に迎えに来てもらって21時ごろに出発、新穂高には1時ごろに到着した。その時点で無料の駐車場は満車で、係りの人に追い出されてしまった。とりあえず左又林道に入ってみたが、ここもすでに一杯。無理して停めれば停められないこともなかったが、先生も私も常識人で通行の妨げになるような行為は出来ず、有料の駐車場に駐車する。この時点ではいくらかかるかも知らずに・・・ものすごいぼったくりの駐車場であった。みんな林道に停めるはずだ。
いつも通りビールを流し込んで眠ろうとするが、いつも通り眠れずに闇が白み始めた。結局は4時前に起きだして軽い食事を摂った。
大勢の登山者が動き始めたころ、私たちも歩き始めた。5時になろうとしていた。
朝からどんよりと曇った天候で、先行きが思いやられた。が、それは浅はかな考えだったと下山時に判る。下山する日はかんかん照りの好天の日で、登山者は一様にヘバッてあごを出していた。この人は小屋までたどり着けるのだろうか・・・と思える人が何人もいたが、我々は涼しい気候条件で登山できた。
荷物が重いのに比較的元気に登れたのは、偏にこの曇った天候のお陰だった。ほとんどコースタイムで進んだ。
鏡平には多くの登山者が休憩していた。歩き始めて5時間になろうとしていたので、我々も大休憩とする。先生が小屋名物のかき氷を食べるというので私も食べる。何回か通っているのにここでかき氷を食べるのは初めてだ。荒削りのざらざら感が全く無く、フワッとした感じのかき氷で非常に美味しかった。もう一杯食べたいほどだった。
弓折岳分岐まで来ると辺りはお花畑が展開している。いつもながら凄い花の海で、楽しみながら歩いていく。分岐で休憩している間に先生には弓折岳登頂を勧めて行ってもらう。『隊長命令じゃ仕方がない』と言いながら出かけて行った。
10分ほどで戻ってきた。若者にはハンデを付けないと、ロートルが先にバテてしまう。隊長としてはあってはならない事態で、先生を少し疲れさせる事に成功する。
ここからの稜線は何時も素晴らしいお花畑になっているが、今回も期待にたがわぬお花畑が待っていてくれた。双六岳が【花の百名山】になっているが、残念ながら双六岳そのものには花は少ない。弓折分岐から双六小屋までの間と双六大地への斜面、そして巻き道が通るカールにお花畑がある。その方が遥かに見ごたえがあって辛い歩きも忘れさせてくれる。
またその花々の写真を撮る間の短い停滞も、適度な休憩になってくれて精神的にも肉体的にも疲れが癒やされていくのだと思う。
辛い登りが終わったころに空は青空に変わっていて、夏の太陽が容赦なく降り注いできた。しかしもう大丈夫・・・むしろ明日以降の天候の心配も解消された。
テントを張る場所が確保できるか心配で少し急いできたが、まだまだ20張りほどしか張られておらず十分快適な場所探すことができた。トイレや水場に近い方が良いには決まっているが、うるさかったり凸凹がひどくては快適な時間が過ごせない。
小屋には少し遠かったが平らで混雑していない場所を確保して張った。2日間快適に暮らせるかどうかがかかった重要な選択であったが、結果としては最適の場所だった。
テントを申し込んだついでにビールを購入。この小屋のビールは冷えていないので、知らないと生ぬるいものを飲むことになるが・・・何でも知っている私が着いていて生ぬるいビールを飲ますわけにはいかない。受付のアンちゃんに『2階の食堂に冷えているのがあるから持って来い』と言ってそれを購入した。先生『何でも知っているんですね!』 そう・・・何でも知ってるんです。
テントに戻って宴会が始まる。まずビールで喉を滑らかにしてから、私が担ぎ上げたお酒。イオンオリジナルの喉越さわやかな純米酒で、これが私の自慢の逸品、先生に飲ませたくて懸命に担ぎ上げたのだった・・・。これが最初に言った『思いやり』の所以だ。
私が猫の額のような畑で作ったキュウリとトマトもマヨネーズで・・・ザックからいろんなものが出てきて、流石の先生もびっくり。
2日分のつもりだったお酒もあまりに美味しくて・・・結局一日で飲みきってしまった。酒に強くない私は苦しくて苦しくて、20時ごろまでテントの中で唸ってました。ちょっと・・・飲み過ぎたなあ!
翌朝、先生は4時には起きだして食事の準備。私も目は覚めていたが、ゆっくり出発のつもりでシェラフの中でまどろんでいた。
先生が動き出していたので私も重い尻をあげて動き出す。
目の前の鷲羽岳を見上げると、ガスに覆われて山頂を見る事はできない。折角の北アも歓迎してはくれないのか?
食事を摂り、小屋でトイレを使って6時に出発した。
心配した通り鷲羽岳山頂での眺望は得られなかった。しかし私たちがワリモ岳に到着するころには、鷲羽岳の山頂が良く望めた。
ガスはすっかり払われていて360度の大パノラマを目の当たりにする。後30分ほど遅ければベストタイミングであった。
水晶岳に向かうルートはワリモの山頂を巻いているので、10㍍ほど岩場をよじ登る必要がある。私は前回登っていないので、今回は確り山頂にたった。鷲羽で眺望が得られなかった分、ここでたっぷりと時間をかけて眺望を楽しむ。
その間に何人かに追い越されていて、私たちが再び追い越すと『どこにいたんですか』という反応があった。
『ワリモの山頂に居たんですよ』と答える。ルートに山頂標が立っているので、わざわざ登る人は少ない。
ワリモからちょうど1時間ほどで水晶小屋に到着。
梯子、鎖が数か所あるが岩場としてはかなり難度が低い。むしろ頂上から下ると時の砂礫帯がいやらしい。ザラザラでうっかり滑るとまっさかさまに数百㍍転落する。そっちの方が【要注意】だ。
山頂では回り中の峰々が見える素晴らしいロケーション。食事をしながら30分も山座同定を楽しんだ。それにしても素晴らしいご褒美を頂いた。
この山域が初めての先生は感嘆の声を挙げ通しで、確り喜んでいただけたようだ。案内した者としては、それが何より嬉しい。
ワリモ分岐まで戻って岩苔乗越を目指す。目の前に祖父岳があって・・・登りたかったなあ。でも私の膝はかなり限界に近づいていて・・・自重する。明日下山するまで持たせなくてはならないので、先生は行きたそうだったが我慢していただいた。
本当にギリギリだったんです。3週間も経った今でもまだ、膝の痛みに苦しんでいる。
8月いっぱいは山を休もうと決めていたが、この分では9月もダメかもしれない。
岩苔乗越から沢沿いに下る。まだまだ雪渓が残っているし、雪解け時期の花が満開である。この時期のこの沢は花が溢れていて、好きだ。
時折、大きく口を開けたシュルンドが待っていて、斜面をヘツる時などは滑落しないように注意して進む。
岩苔乗越から2時間ほどで小屋に戻る。今日は既にテントが張ってあるので、それが何より自慢だ。小屋でテントの申し込みをして、
日影が出来ていたテラスで早速ビール。小屋のスタッフの子がおしゃまな子で、話していると飽きずに過ごすことができた。
山で大人だけを相手にしているから実に大人びた話し方をする。肝心なところで【こどもこどもしているけど】・・・可愛い。
一緒になった金沢からの学校の先生も、話に交じって楽しい会話。ついつい話が盛り上がり、ビールを3本も飲んでしまった。
またまた辛くなって・・・私は全く懲りていない。飲み過ぎだ。
こうや君(スタッフの子)が『ヘリが来る』と何度も言っていたが、2時間ほど雑談している間は飛来しなかったヘリが、テントに戻って食事の準備をしているとやってきた。彼が言うには手を骨折したらしいのだが、手でもヘリは来てくれるようだ。
どこの県のヘリが来るのだろうとみんなで話していたが、飛んできたのは富山県警だった。
三俣蓮華岳の近くには【富山】【岐阜】【長野】3県の県境がある。それで【三俣】と言うらしいのだが・・・。
この日は二人のテントの間に岡山からの青年がテントを張った。一緒に食事をしたり仲間のように盛り上がった。昨晩はオジサンが同じ場所にテントを張ったが、全く打ち解けることは無かった。この日は楽しい夕食となった。
お酒は小屋で飲んできたので、すぐにご飯にする。
北アルプス最深部の最後の夜(とは言っても二夜だけだが)は、名残惜しさを残して帳を落としていく。
4時前から準備を進めたが、テントをたたんで出発できたのは5時半を回っていた。最も夕方までに下山すれば良くて、焦る必要はない。予定通り三俣蓮華岳・双六岳に登りながら下山することにした。回り中の峰々を同定しながら進む。
そしてどの山頂からも槍は存在感を示し、笠はビラミダルな山容を誇示している。黒部五郎も薬師岳も、立山も剱も・・・もう満腹。
ダイナミックな北アのパノラマを心行くまで味わった。
帰路でも鏡平でかき氷を食べる。秩父沢では雪渓からの雪溶け水を、腹いっぱい飲んでお腹はタプタプ。先生はこの水の美味さに感動していた。これは山を歩いた者だけの・・・とりわけこの登山道を歩いた者だけの特権である。それを感じてもらえただけで、私も幸せな気分になれた気がする。
わさび平ではトマトを食べる。とにかく食べて・・・飲んで・・・素晴らしいロケーションを堪能できた山旅。こんな山旅はそうそうあるもんじゃない。
新穂高に戻って駐車料金の高い事に驚いて・・・腹も立つが・・・心配しながら登ったことを思えば安かったかもしれない。この後二人は【中崎旅館】でお風呂に入り食事をしたが、この時の受付に居た男性が外国人のカップルへの対応が不親切で・・・先生が腹を立てる。
何もわからない外国人につっけんどんな対応・・・おろおろするカップル・・・これを見て・・・だまっている先生ではない。
本当に正義感が強くって・・・なぜか似ている気がして親しみを感じる。先生としては私ごときと比べられて心外かもしれないが・・・。愛すべき【人間性】だ。