遥かなる山旅2・・・笠ガ岳
登頂日 | 10/07/21(水)~24(土) |
天 候 | 晴れ |
百名山登頂順 | 77番目 |
標 高 | 2,897㍍ |
登山口 | 縦走 |
同行者 | 単独 |
温 泉 | 無し |
場所・地点 | 往路 (着) | 往路 (発) | 復路 (着) | 復路 (発) |
三俣山荘 (3日目) | : | 5:40 | : | : |
双六小屋 | 7:45 | 8:00 | : | : |
弓折乗越 | 9:00 | 9:00 | : | : |
大ノマ乗越 | 9:30 | 9:35 | : | : |
大ノマ岳 | 10:10 | 10:15 | – | : |
秩父平 | 10:30 | 10:35 | – | – |
笠新道分岐 | 12:00 | 12:20 | – | – |
笠ガ岳山荘 | 13:30 | 14:00 | – | – |
笠ガ岳山頂 | 14:20 | 15:20 | – | – |
笠ガ岳山荘 (泊) | 15:35 | 5:20 | – | – |
笠新道分岐 (4日目) | 6:20 | 6:25 | – | – |
杓子平 | 7:20 | 7:25 | – | – |
笠新道登山口 | 9:55 | 10:00 | – | – |
新穂高 | 10:45 | : | – | – |
歩行時間 | 三日目 8:25 |
四日目 5:25 |

平田影郎

【三日目】
朝起きてみると表はガスがあたりを覆う天候だった。『黒部五郎岳に向う』と広島組みと約束していたが、この膝の状態ではとても無理だった。地面への着き方を間違えると痛みが走る状態だったから、これ以上無理をすれば誰かに迷惑をかける事になので今回は潔く諦める事にした。それにしても黒部五郎岳は何と縁の薄い山なのだろうか。昨年も残してしまっているのに・・・。
関西の二人組みは朝食前に出発したが、5時40分に出た私が三俣蓮華と巻き道との分岐手前で追い越した。三俣に登頂してから追ってくる彼女達は何時に到着するのか、少し心配ではあった。
キャンプ場から同時にスタートして笠を目指す方と巻き道ルートで言葉を交わすようになり、最終的には笠まで殆ど一緒に歩く事になる。
巻き道にはまだ沢山の雪渓が残りお花畑はまだ盛りと言うほ程ではない。今、雪溶け時期の花が中心の状態だ。予定した時間通りに双六小屋に到着した。

カールではハクサンイチゲが多い


弓折分岐を過ぎると一旦大きく下るが、本当にもったいない下りだ。下れば当然ながら大ノマ岳へは大きく登り返す事になる。大マノ乗越から仰ぎ見る登りは圧倒される程の容相だが、実際に登ってみると本当に苦しいのは30分程だ。
大マノ岳への稜線でもところどころ残雪でルートが消されていた。
大マノ山頂で食事を摂り秩父平へと下る。少し水が不足気味だったので、雪渓の水をボトルに入れた。秩父岩への登りは雪渓を進むが、一瞬ルートを見失って慌てた。良く見ると広い雪渓の左端にベンガラでマーキングが施されていて、このルートをしっかり確認して登る。
上に着くと先着していた小屋番さんが秩父岩や黒部五郎の小屋など色々教えてくれた。言いにくかったが『チョット双六の天ぷらは年寄りには辛い』と話したが、聞き入れていただけだろうか。
振り返って雪渓を見下ろすとキャンパー氏が雪渓を抜け、岩場に取り付いているのが見えた。


の若者、一緒に笠まで歩く。いろんなことを教わる

ベンガラがあって安心
秩父岩からは1時間程で笠新道の分岐に着く。どうするのか結論を出さなければならないが・・・とてもの事で地図に記載されているコースタイムで笠ガ岳を往復する事は不可能だと解った。丁度正午に着いたが・・・3時間で往復しても4時間かかる笠新道を下れば、登山口は7時になってしまう。暗い林道歩きが残ってしまうが、やっぱりそれは嫌だ。さりとて絶対2時間で往復できそうにはない。
ましてや黒部五郎を諦めてこっちに廻ったのだから、今日中に下山したいとしても笠に登らずに下山する訳にはいかない。
決まったらもうゆっくり・・・・・分岐で弁当を食べる事にして大きく休憩を入れた。しかし食事は喉を通ってくれなかった。



最後の笠への登りが本日一番辛かった気がする。喘ぎ喘ぎやっと山荘に到着した。手続きをして荷物を置いていつでも出発できる準備をして、ガスが晴れるのを待つ事に。厚いガスは風に流されてはまた山頂を覆う繰り返しだったから、変わる兆しをジッと待っていたのだ。
一瞬薄日が漏れていたのを見逃さなかった。登り始め頂上に着くと同時にガスは晴れた。頂上で一時間以上待っていたと言う方たちも沢山いて、頂上では山談義に花が咲く。
泊まると決めた以上小屋に戻ってもやる事が無く、上で話の仲間に入れていただいていると突然大阪の方が『オコジョだ』と教えてくれた。
飛び回っているのは何度か見ているが、岩の間から可愛い顔を覗かせているのを確り見たのは初めての経験だ。それはもう・・・うちのレオ君並みに可愛い顔をしていた。残念だが2秒として同じ場所に顔が無く、とうとう写真を撮る事が出来なかった。

最後の力を振り絞って登る

泊まりと決定したからには粘ってみた
お陰でオコジョと遊ぶ事が出来た
すばしっこくて写真に撮ることが出来ない

槍が見え、翌朝のご来光も
槍の穂はとうとう顔を出さず、諦めて知り合った方々揃って小屋に戻る事に。そして私が縁台でビールを飲んでいると先程の山頂で知り合った方がやって来た。彼は大阪の『わらじの会』という沢登の会に所属して活躍したバリバリの沢屋だった。私もレベルに違いこそあれ沢屋の端くれなので、会の存在も知っていたし機関紙の中の遡行図を参考にさせてもらった事もある。話は大いに盛り上がった。
また韓流ドラマの話も尽きない。【ホ・ジュン】というドラマを家に戻って見始めているが、アドバイスの通りにはまってしまったようだ。
夕方【ブロッケン】が現れたが、これも運が無く駆けつけた時には太陽がガスの中に消えていた。

韓流ドラマや沢登りの話に花が咲く

ブロッケンが現れる。
走っていくも太陽が隠れてしまう。

嫌いではない。
【四日目】

ご来光を待っていると素晴らしい写真が取れた。トップの写真が自分では会心の作と思っている一枚。
朝食を摂り下山にかかる。キャンプ場によって三俣から一緒のキャンパー氏のテントに行くと、どうも静かで中に居る気配がない。
おそらく山頂にでも行って留守なのだろうと思い、挨拶もせず下山した。

笠ガ岳と山荘を仰ぐ。それにしても最後の登りはザイテングラート並み
大阪の彼とはたまたま帰路でも一緒になり笠新道の登山口から新穂高まで歩く間に、再度色々な話が聞く事が出来た。彼の同行している友人も百名山をやっているという事で、共通の話題もあり楽しい時間となったのだった。
とうとう4日間雨も降らずに狙い通りの山行が出来、一生思い出に残る事は間違い無い。ただ一つ残念だったのは膝の不調で黒部五郎岳を残してしまった事。残念だが後悔はしていない。むしろ事故を未然にふせいで安全に帰還する事こそ山遊びには最も重要だ・・・という自分の信念を貫けた事を誇りたい。






すごい山旅も何とか無事に帰還できた
右ひざはここが丁度限界点だった。
