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旅あれこれ トラブル集3【桐生街歩きで骨折】

桐生街歩きで骨折

情けなくて・・・思わず涙
【桐生の街歩きで骨折】

じっと・・・見つめているのですが・・・・・僅か1ヶ月でこれほど筋肉が落ちてしまうとは思ってもいませんでした。メタボ状態のお腹はともかくも、少年期からラグビーで、またここへ来て渓流や山歩きで鍛えた太もも・ふくらはぎが・・・信じられないほどにプヨプヨなのです。

肉の削げ落ちたふくらはぎを見て涙がほほを伝って落ちました。
 
でもこの涙は何なのでしょうか。ついこの間までの・・・自分自身の壮健な肉体とのギャップを未だに受け入れられないのでしょうか。

それとも・・・あまりに軽はずみな行動によって・・・

周りのかたがたに掛けた迷惑の大きさへの戸惑いでしょうか。

会社のかたがたと妻にはお詫びしてもお詫びし切れない思い・・・・・自分自身のあさはかさが・・・・・情け無くって落ちた涙のようです。

発端はこうです。

私は動き回っていないと・・・泳ぎ続けていないと死んでしまうマグロのような性分ですから、毎週毎週妻を促して出かけ歩いています。

中山道を歩いたり、宿場や古い街並みを訪ねたり、山歩きを楽しんだり・・・とにかく落ち着いている事が無いのです。

この日もJR両毛線の町を訪ねるシリーズの『桐生』の番でした。

久しぶりに車ではなくバスと電車で向かいました。バスに揺られる旅もまたおつなもので、すっかり浮かれ気分になってはしゃいでいました。

桐生に到着し下調べをしてきた【のこぎり 屋根】などを見ながら散策は続きました。

お昼近くになって・・・後で考えると・・・そろそろ昼食に用意してきたお弁当を食べられそうな場所探しに、注意が移っていました。

とっ・・・その時です。この日は群馬大工学部に大学院が新設されるらしく、おりしもその記念イベントの人ごみの中から・・・・・一台の自転車がよろけながら出てきたのです。

私は条件反射のように身をよじって・・・ステップを踏んでこの自転車をかわしたのですが、なぜか『ブチン』という大きな音と共に、右足からは全く支持力が失われ一気に身体が傾いていきました。

自分では全く何が起きたか判らない状態の中で、私は路上に横たわっていました。本当に何が起きたのかを理解するまでにかなりの時間を要しました。

自分を取り戻し・・・恐る恐る痛む足を動かしてみると【つま先】が動きました。音から判断して【アキレス腱断裂】と思ったのですが、どうもそうではなさそうです。ひとまず安心しました。

多分【ひどい捻挫】だろう・・・と判断したのですが、これが失敗でした。

倒れたまま見回して見ると、どうも私はアスファルトの切れ間に足を突いたようです。運が悪いことに舗装しなおしたばかりで厚く盛られたアスファルトは、かなり急角度の法面(のりめん)になっていたのです。

この急角度にメタボリックシンドロームの体重が乗っかったのですから、【くるぶし】はひとたまりもありませんでした。

若い時ラクビーをやっていた私は【タックルをかわす】という習性が身についています。この習性は数十年経った今も変わらず、目の前に何かが現れると条件反射で身をかわすステップを踏んでしまうのでした。

記憶力はどんどん衰えていくのに、こんな習性は確り残ってしまいます。

悲しい性質(さが)ではありませんか。

酒屋さんでタクシーを呼んでいただき桐生の東邦病院に行きました。タクシーに乗ってから一気に患部が腫れ上がり骨折と気がつきましたが、診てもらうことはできずそのタクシーで伊勢崎の医師会病院に行きました。

しかしここでも診てもらえず・・・痛さも限界です。とうとう救急車を呼んで石井病院というところに運んでもらいました。

やっと診察を受けることができましたが既に15時でした。足は目いっぱい膨らんでいました。日曜とあって随分な回り道をしました。

皆さんも万が一の時にはすぐ救急車を呼びましょう。

結果は右足の【小指の付け根】【くるぶしの外側】【くるぶしの内側】・・・3箇所の骨折でした。

ほとんどのラガーが骨折を経験する中、私は骨が丈夫だったようで一回も経験したことはありませんでした。ですから本当にショックを覚えました。

でも・・・本当にショックはこの後から訪れました。

『何一つ自分でできないジレンマ』『為す術無く削げ落ちていく筋肉』『日に日にゆるくなるギブス』は全く受け入れることができない・・・でも・・・現実なのです。

三国志に登場する【蜀の劉備】が、まだ劉表の客分になっていた時で諸葛孔明(しょかつこうめい)と出会う前の話です。未だに英雄として認められず、曹操や孫権が覇を競っている中、自分の周りには活躍の場も無く、平和に時が流れすぎていきます。

太ももの内側には贅肉がついていきました。戦場に出て馬に乗っていればこの肉はそぎ落ちて行くのですが・・・。

焦りはどんどんつのっていきました。こうした自分の身の上を嘆いて涙を流したと伝わったのが『髀肉の嘆 (ひにくのたん)』と言われる逸話ですが・・・この場合の肉は太る方ですが・・・今の私の気持ちはまさしく『髀肉の嘆なのです。

骨折当日 ギブスの上からアイスノン
不要になったアイテム

常々『早くゆっくりしたい』『のんびり暮らしたい』などと考えていましたが、これは健康で元気な時にこそ意味があったんです。

病気で動けず・・・休みがどんなにあっても・・・楽しい事なんて一つもありません。『早く出勤したい』と・・・・・とても遊びしか頭に無い私の発言ではありません。精神状態もおかしくなったのでしょう。

彼の【ソクラテス】だったか【パスカル】だったか【やどろく集団の先生】だったかが言っています。『暇こそ最高の拷問』だって・・・。

本当に人間は人に支えられて生きている・・・ということを実感した1箇月でした。

折々にお見舞いいただいた皆さんには随分癒され・・・慰められ・・・退屈を紛らしてもらい・・・『治ったら○○しよう』という希望をもらいました。本当にありがとうございました。

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