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72-4. 八ヶ岳

リベンジ達成・・・八ヶ岳(赤岳)

メ モ
登頂日 03/09/07(日)
天 候 晴れ
百名山登頂順 27番目
標 高 2,899㍍
登山口 清里 たかね荘
同行者 単独
温 泉 海ノ口温泉 鹿の湯 単純アルカリ泉 600円 

タイム
場所・地点 往路 (着) 往路 (発) 復路 (着) 復路 (発)
たかね荘 05:50 14:50
賽の河原 06:40 06:55
牛首山 08:00 08:10
赤岳山頂 10:50 11:30
所要時間
9:00
歩行時間 登り
4:35
下り
3:05

平田影郎

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赤岳は実に遠い山であった。この山域は過去に6回も訪れていたが赤岳は未登頂である。前回の挑戦は行者小屋を過ぎてから体調が思わしくなく断念していた。

また、この山域の登山はことごとくガスの中での登頂で、満足感のある眺望を味わったことが無い。前日天気予報を確認すると山梨も長野も晴れの予報で、満を持してのリベンジである。

普通なら美濃戸からの楽々コースを選択するところだが、今回は体力アップを兼ねて真教寺尾根を行くことにした。コースタイムでは往復9時間となっているが私の足では11時間を覚悟しなければならず、6時前には出発したい。そのため3時前に家を出た。

八千穂あたりで夜が明け野辺山あたりではくっきりと浮かび上がる赤岳を望む事ができた。歩きながらの食事になることも考え大量のクッキーを買い込み、美し森には5時半に着いた。

たかね荘を探し駐車場に車を置かせていただいた。出発間際の方がいて登山口を尋ねたがやはり知らないと言う。

駐車場のトイレの裏に出てみると遊歩道の看板があり、確認するとこの遊歩道がアプローチとして利用できそうだ。先行者とは違うルートだがおそらく途中で合流するのだろう。

湿原から登山道を40分も登るとリフト駅に着く。更に進むと賽の河原である。マツムシソウやオニアザミが群生しており、写真をとりながら朝食をとることにした。

食事をしていると先行したはずの方がリフト駅のほうから現れた。どうしたのか尋ねると「ルートが判らず一旦駐車場に戻って遊歩道を来た」と言い、今度こそ先行して行った。

一面に笹が生い茂る斜面を登り牛首山に着く。2時間を要したがまだ半分も来ていない。更に進みすぐに扇山の頂上だ。ここを過ぎて登り返すといよいよ岩峰赤岳に取り付くことになる。

斜度のきつい登りでどんどん高度が稼げるのはありがたい。このルートを歩く人はほとんどいない様で寂しくなるほど誰にも会わない。一人で黙々と登った。

最後の直登、標高差200㍍程はほとんど鎖を使って登る。数えてはいないが10ピッチぐらいあった。適度に緊張感が持てて面白い反面、下山時の不安が脳裏をよぎる。この鎖場で落石を起こされたら防ぎようが無い。下山は別ルートにしようか真剣に考えてしまった。後続にビギナーが来ないことを願うばかりだ。

何ピッチ目かに下山者がいてバッティングしてしまったが「下から行きます」と声をかけると「どうぞ」と待っていてくれた。お礼を言って通り過ぎ、ふと振り返ると・・富士が目に飛び込んできた。思わず「ウワァーッ」と大声を発してしまった。

丁度鎖にとりついた下山者は私の大声に驚いて、足を踏み外してしまった。懸命に鎖にしがみつき私のほうを睨んでいた。「すみません 富士山がきれいだったもので」と頭を下げた。

左手には天狗尾根が荒々しくせまる。大天狗付近を登っている人が手にとれそうだ。阿弥陀岳との稜線にも沢山の人がいてアリの行列のように赤岳を目指している。

稜線に立つと下山者が言っていた通り北ア・中ア・南ア・富士など全てが見渡せ、槍ヶ岳のとんがりも確認できた。全線の急登4時間半、バテバテの状態であったが日常の鍛錬が功を奏し頂上に立つことができた。

しかも努力への御褒美か八ヶ岳では初めての眺望まで得られた。とうとうリベンジ達成!!

牛首山頂
振り返ると雲海の上に富士

頂上から妻と先生に電話を入れた。この素晴らしいロケーションを分けてあげたかったのだが、先生の電話は無情にも電源が切られていた。

「腹が立つから頂上から電話しないで」と言われているのに、毎週電話する私への無言の抗議かもしれない。

天狗尾根が手の届く位置に
硫黄岳への稜線

下山にかかり例の鎖場では案の定おばちゃん集団が先行していた。鎖に取り付くときの恐怖と、下に着いたときに身長が低いため足が地面に届かない。時間がかかりイライラしていると「お先にどうぞ」と言われてしまった。一番言われたくなかった言葉だ。

絶対に先行はしたくない・・・が先行する羽目になってしまった。「絶対続いて来ないでくださいね」としつこく念を押したが素直に聞いてくれた。よほど人間のできた人たちだったのだろう。

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