侮れないよ・・・蔵王山(熊野岳)
平田影郎
妻と一緒に暮らし始めたのは二人とも22歳の時で、実に30年も過ぎ去ってしまった。いろんな事が思い出され、ついついキーボードをたたく手も止まってしまう。
何かお祝いのまねごとぐらいはしたいと思っていたが、あっという間に記念日も過ぎてついついそのままになっていたある日の事、旅番組をテレビで見ていた妻が急に“遠刈田温泉”に行きたいと言い出した。
“家族でがんばる小さな宿”という特集で紹介されたペンション“ふきのとう”は海の幸をたらふく食べさせてくれるらしい。
30周年のお祝いと娘のお祝いを兼ねて丁度いい。しかも遠刈田温泉なら仙台からも近いので娘が出かけて来るのにも好都合だ。
さらに好都合なのは私の方だ。地図を開くと“蔵王”の麓ではないか。私の頭はその日から蔵王登山でいっぱいになってしまった。
6月15日の朝妻と私は仙台のアパートで娘を拾い、目的の遠刈田温泉に向かった。今回は妻の恋犬レオも一緒だ。夜は車の中に寝かせようと話は決まっていた。
途中のサービスエリアでトイレをさせながらのゆっくり旅、車の中にトイレ用シートを置いても車の中では絶対にトイレをしないお利口犬だが、逆に急いでいるときは面倒になる。
おなかがパンパンになってもおシッコを貯めて我慢しているのがかわいそうだ。
2ヶ月ぶりに娘にあったレオは直ぐさま飛びついて顔中ペロペロと舐めまわし、娘が勘弁してくれと言っても止めようとはしない。
東北道白石ICから遠刈田には昼過ぎについた。人気のエリアだけにやはり相当の人出である。アンノン族が多いと聞いていたが様子は少し(?)違って「主婦の友族」か「家の光族」が主流だ。
今日の宿が温泉かどうか確認していなかったので、温泉に入ってから行こうという事になりお風呂をさがした。
町営の共同浴場もあったが、せっかくだから旅館の湯にしようと決めて飛び込んだのが“いろはや旅館”。
建物は古いものの格式が高そう・・・建て付けの悪い玄関の引き戸を無理矢理こじあけ・・・声をかけると・・・昔・・・美人おかみが愛想よく応対してくれて一安心・・・と思ったのは早トチリであった。
まず旅館の歴史を聞かされることに始まり、当方の身元調査までと入浴するまでに30分もかかってしまった。
“いろはや”とは当地で最初の旅館なので創始者が命名した。(古来日本には“いろはにほへと”が順番を表す文化があった。たとえば江戸の町火消しや銭湯の下足札など) “とおがった”とは刈田岳から遠いからとか。
旅館がふえるたびそれぞれの旅館が勝手に井戸を掘り、そのために枯れてしまう泉源が続出、当然旅館同士の争いになっていく。それを見かねた先代が組合を作り、お湯を共同管理にして遠刈田を守った・・・と数十分にわたる説明。
でも入ってみて納得した。
綺麗な浴槽とはいえないが、古式にのっとり風情があり、おまけにこの日は菖蒲が浮かべてあった。
この宿ならでは、あのおかみならではの心くばり・・絶対にバラの花が浮いていてはいけない。
ちょっと熱めの・・・当然かけ流しで、熱ければうめてはいれ・・・と言わんばかりに色気のないビニールホースがカランにつないである。豪快である。
風呂桶は残念なことに先生こだわりのプラスチックの“ケロリン”ではなく、せっかくの趣を無視して木の桶。
うらぶれた温泉宿はケロリンでなくちゃ。
田舎もんはその辺が解っていない。たとえプラスチックであっても、ノーシンでも三光丸でもだめなのだ。
ましてや古めかしい木の桶なんて・・大きく減点だ。
塩化物泉でも鉄が入っているのか赤く変色。入り口にはラジウムが含まれていると書いてあったが定かではない。今人気のスポット、遠刈田のいろはやは風情・泉質・湯量と申し分なく、まさに“名湯”である。桶を除けば先生もきっと満足のはずだ。
ちなみにペンションふきのとうも毎分1リットルぐらいの湯がチョロチョロと浴槽に落ちていた。かけ流しではあるが問題外。
テレビで紹介された料理も豪華で食材も見た目にはすごいが、越前海岸でカニや刺身を食べた後ではコメントにならない。
ただオーナーが犬好きで、車の中にいるレオをみつけたら「部屋に連れて行きなさい。一人で車におくのはかわいそうだ」と言ってくれた。
「犬ぎらいの人は二度と来なくなるだけだからかまわない」とはうれしい。
しかし・・・ペンションの犬が食卓の下にいるのがどうも気になった。
さて翌16日はいよいよ蔵王熊野岳。こんな日はどんなに疲れていても目が覚める。しかし天候は芳しくなく、迷いに迷ったあげくもうチャンスは無いだろうと思い、出かけることにした。出発すると雨もあがった。
蔵王エコーラインを刈田峠に向かう間ガスで視界が遮られていたが、登山口のレストハウスに着く頃には綺麗に晴れ上がった。
蔵王の最高点熊野岳までは往復でも1時間ちょっとの行程で、まったくの散歩同然。家族で楽しむにはうってつけだ。
簡単に登れるが侮ってはいけない。ロケーションは素晴らしい。お釜は見事の一言。
草津白根のお釜は乳白色、しかし蔵王のお釜はエメラルドグリーン、これは必見。
頂上付近にはイワカガミの群生もある。朝早いせいか人影も疎ら。静かな山歩きが満喫できた。
やはり百名山、名山とは決して高度だけではないし一人一人に百名山があっても良い。
急いでもどりペンションの朝食を食べることができた。
あまりにも簡単すぎてつまらないとお思いの向きには、山形県側からの登頂がお薦め。名湯蔵王温泉が控えている。また宮城側には青根温泉、峨々(がが)温泉などの名湯もある。
蔵王山とは最高峰の熊野岳を含む山域一帯の総称で、蔵王山という単独峰は存在しない。
こういう例は以外に多い。赤城山・榛名山・八ヶ岳・谷川岳・・・。