キレットもあの槍さえも目の前に・・・常念岳
平田影郎
先週の魚沼駒は後半に苦戦を強いられたものの、そこそこ歩ききることが出来た。その勢いを借りての挑戦である。本来常念岳は一泊山行がセオリーだが、果敢に日帰りでアタックしてみたい。結果、だめだったら泊まればいい・・・と。しかし泊まることになる確率は限りなくゼロに近いという自信はあった。
暗いうちに到着して目を閉じてまどろんでいると、登山者が動き出した。指導センターまでは舗装された道で、危険が無いことを計算しての早始動である。20分以上を要したので登山口では完全に夜が明けていた。中津川から来た単独行の方と話しながら歩いていたが、どうも私よりは歩行ペースが速いようなので先に進んでいただいた。
樹間からは身体をぬらすほどの雨が落ちてきていた。ブナの葉を伝わったしずくは静かに落ち葉をぬらし、森はしっとりと静まっている。今日も眺望は期待できそうに無いな~~。10月のシーズン盛期の休日に登山者は意外に少なく、静かな山歩きが楽しめるとは・・・。天気予報が雨と報じていたことで登山者が減ったに違いない。前後には全く歩いている人がおらず、最後の水場近くになってやっと下山者に出会えた。
水場でペットボトルを満たして急斜面に挑む。ここまで来てやっと雲間から薄日が漏れはじめ、左手には常念が姿を現した。払われたガスの中からいきなり現れた山容は覆いかぶさるようだ。
最後の登りはかなりの厳しさだろう事が容易に知れる。山頂まではまだまだ時間がかかりそうだが、カメ足の私が到着するまでガスは晴れたままでいてくれるのだろうか。
乗越にひょっこり飛び出すと目に飛び込んできたのは、槍から穂高までの衝立のような壁。槍の穂、南岳から一気に下って大キレット、登り返して荒々しい穂高。今日を選んでよかったなー。
15分ほど食事休憩をとって急斜面に取り付いた。しかし先週同様休憩後の急登で思わぬ抵抗を受けてしまった。見た目以上にこの壁は切り立っていて、懸命にもがくもスピードは上がらずコースタイムを15分も上回ってしまった。すれ違う下山者を捕まえて『まだですか』『あとどのぐらいですか』と何度も訊ねてしまった。
振り返ると横通岳から燕岳の稜線が美しい。登り返した先には赤い屋根の燕山荘が見える。このカットは荒々しい岩峰にほっとする空間であった。山頂からはかつて無いほどの眺望が展開する。それぞれの山嶺(いただき)は雲海の上に頭を突き出し、懸命に『ここに在り』と主張している。双耳峰の鹿島鑓まではっきり確認できた。圧巻。中津川の彼と一緒に食事を摂った。
30分ほど休んで小屋まで下り、更に15分ほど休んだ。あとは一気に下ろうと考えていた。魚沼駒のアップダウンの帰路と比較すると圧倒的に楽勝で、時間を計算しながらの余裕の歩行である。途中で私より30分も遅く出発した中津川の方に追い越された。
一の沢指導所から駐車場までの歩きは、猿軍団が徘徊していて何となく気持ちが悪い。刺激しないように、目を合わせないように心がけるが、万が一飛び掛られた時の対応は確り考えていた。緊張しながらの歩きだったせいか、とにかく長く感じた。なかなかたどり着かない駐車場は見落として通り過ぎたのでは・・・と、思わず何度も振り返ったほどであった。
駐車場に着くと中津川の方が私に挨拶をするため、わざわざ待っていてくれた。30分は待っていたに違いない。
またどこかでお会いしたいですね・・・と言ってもらえて、私も・・・是非お会いしましょう・・・なんて答えたのに、申し訳ないがもう既に顔を思い出すことも出来はしない。関西人でもないのに最近どんどん調子よくなっていく自分を感じてしまう。