この世の極楽・・・会津駒ガ岳
平田影郎
5時に目がさめ急いで登山口に移動すると、30台程駐車できる駐車場がほとんどいっぱいで、もう少しおくれたら大変な事になるところだった。
6時に出発、最初から息が切れるような登りが続く。3時間の勝負である。昨日きつかった割には何とか歩けそうで、辛かったら止めればいいというラフな考えも味方しているようだ。
1時間も登ると水場につくが、この水をぜひ一遍飲んでもらいたい。ブナ林の堆積土からしみだす恵みは、やわらかくて、甘くて、キリッとした冷たさがのどにしみわたる。
今まで多くの沢水や湧き水を飲んできたが、その中でも特に記憶に残る数少ない水だ。
再び気力が沸いてきた。今登ってきた倍を登れば頂上に立つ事ができる。それから2時間必死で登り樹林帯を抜けて空が大きく広がると、頂上直下の駒の小屋が見え始める。
道は木道に変わりあたりは花畑と化す。キンコウカ、コバイケイソウが一面に咲き乱れる様は天国のようだ。
疲れも一気に吹き飛び心も顔も明るく弾み、子供のようにハシャグ自分がいる。ハクサンフウロも初めて見た。
楽園というものを見た事はないが、あるとすればこんなロケーションに違いない。
極楽浄土はきっとこんな風に違いない。
思わず乙女チックに花の中でポーズをとった。
山はやっぱり花の山がいい。紅葉の山がいい。岩峰の山も確かにダイナミックで良いかもしれないが、自分は水があり、花があり、木がある山が好きだ。会津駒にして正解だった。
花に誘われついつい中門岳(ちゅうもんだけ)まで来てしまった。
池とう(ちとう=小さな水たまり)が点在しワタスゲが風にゆれる。みんな山に憑かれ夢中になるわけだ。
本格的に山を始めて以来、一番感動し、一番はずみ、山をやっていて良かったと一番感じた日だと思う。
会津駒は心にしみついていつまでも残る山だ。
この山行で初めて見た花が、今でも私の最も好きな花である。
帰りは昨日の疲れも加わってヒザがガクガク状態にもかかわらず、3時間弱で登山口に戻ることができた。
素晴らしい山、充実の2日間であった。
登山口に着いたとたん倒れ込むほどヒザは支持力を失っていた。アクセルを踏めそうに無いほど、当然ブレーキもだ。水場で汲んできたおいしい水で、コーヒーをたてて休憩をとる事にした。
地図を見て帰りの道順を確認したりして・・・。檜枝岐から舘岩、県境を越えて栃木の栗原、今市、足尾、群馬の東村、伊勢崎そして本庄とルートは決まった。
途中いくつも温泉があるが今日の風呂は舘岩村の湯の花温泉・・・脇目もふらない。看板にしたがって湯の花温泉に入っていく。ほとんどが民宿といった風で、旅館と呼べるような宿はいくつも無い。
まず一軒共同浴場を見つけた。爺さんが立っていたので「中に休む場所はある?」と尋ねると「イスしかない」という返事。
きめかねてすぐ近くに立っている絵地図で他の共同浴場をさがしていると、栃木ナンバーの車から夫婦が風呂道具を持って降りてきた。
「風呂を探している」と伝えると、他にも2軒あるという。1軒は集落の人だけが入る施設、もう1軒は駐車場が無いという。
「ここがいいですよ」と言うので、結局この湯に決めた。集落で管理している“弘法の湯”である。
入浴料200円を柱にくくり付けの箱に放り込み、早速湯に浸かった。単純泉だが湯量が豊富で、浴槽からガンガン溢れて実に気持ちがいい。
湯の花温泉は権利を持っている人が70人いて、ほとんどの人が民宿などの商売に利用している。
しかし何人かは権利を持っていない人のために開放しているのだという。
使用させてもらっている人たちはお礼の意味で、交替で掃除をしたり料金を徴収したりしている。
先ほどのダンナさんと(と言っても私よりはるかに若い)どこへいってきたとの話になりお互いに“山登り”“きのことり”と。
栃木ではそば・うどんの出汁に“ちちたけ”というきのこを入れる習慣があり「毎年この時期に1年分をとる・・・最近はとれなくなった」と話し込み、意気投合してしまった。
キャンプ場にテントを張り風呂だけ入りに通うこの人は、かけ流しにこだわる可成りの温泉通、奥さんを待つ間もキノコと温泉の話になった。
車に戻るとダンナさん、トランクを開けて何かゴソゴソやっている。せっかくだからキノコを見せてもらおうと思って近づくと、振り返ったダンナさんの手にはマーケットのポリ袋いっぱいの“ちちたけ”が・・・。
「食べてみて」
お断りした。せっかく採ってきたのに・・・。
「お知り合いになれたのも何かの縁だから」
奥さんも勧めてくれるのでありがたく頂戴することにした。さらに奥さんは料理方法も丁寧におしえてくれた。
帰り道のドライブインやお土産屋にはちちたけが並んでいて栃木人には本当に欠かせないものらしい。
そう言えば彼のテンカラ名人瀬畑雄三氏も、ちちたけは喜んで採っていた。
私は檜枝岐特産のアスパラガスを買い込んで女房へのお土産とした。太い割にはや柔らかくて、美味しく食べる事ができた。チャンスがあったらこれはお薦め。
今回の山行でまた一歩、先生に近づく事ができた。「何が?」って・・・キノコの貰い方。