骨折以降の初挑戦、チョット無理した・・・浅間山【前掛山2,524㍍】
平田影郎
骨折あけの初挑戦、自信の持てない脚力でも何とかなりそうな山、この時期でもいけそうな百名山、そんな条件で選ぶと大山。
米子直行のハイウェイバスやサンライズ出雲などを徹底的にリサーチし、お城巡りなども盛り込んだ贅沢なスケジュールは完璧であったが、どうも天候が思わしくなく中々踏ん切りがつかなかった。
4日ごろに天候は持ちそうだと判断できたが、バスのチケットはもう入手できずイライラ。残るサンライズ出雲は前日でも空席があり、出かけようと思えば出かけられたのだが・・・結局はアレコレ理由をつけても・・・自信が無かった?
別に妻が悪いわけでもないのに《八つ当たり》とは情けないが、自分を抑えられない。みかねた妻が背中を押してくれて出かけることになったが、はたしてどれだけ歩けるのやら・・・。
スクワットなどで少しでも鍛えようと努力はした。しかし前日までの状態は膝関節が痛くて鍛錬どころの話ではなく、とうとう今日を迎えてしまった。不安を抱えてのスタートで自重しながらゆっくりの歩みである。心に余裕は無かったがトーミの頭について身体には全くダメージを感じない。何とか黒斑までは行けそうだが、この時点でもどこまで行けるのか全く想像すら出来なかった。
黒斑はあっという間で全く負担は無かった。もっと先まで進めそうな自信が湧いてきた。百名山のピークハントであればこれで目的達成だが、今日は自分の復活度が知りたい。地図を確認すると蛇骨岳から裏コースと言うのがある。最悪の場合そこから下ることにした。
蛇骨岳へは樹林の中に腐った雪が残り道を隠していたが、多くの人がトレースを作っていた。だがコースを外れると膝上まで潜ってしまう。
先行していた単独の男性がいきなり振り返り『サングラス落ちていませんでしたか?』『下を見ながら来ましたけど、無かったですよ』『そうですか』
戻っていきそうだったので道を譲ると、数歩戻ったものの何かを吹っ切ったようにまた私を追い越して歩いていった。後ろを見ると黒斑側に歩いている人がいたので『後ろの人に頼みましょうか?』と声をかけた。『すみません』と返事があったので、私は手をメガホンにして『サングラスを見ながら来てくれますか』『解りました』そして振り返るとその男は数十メートル先を歩いている。
《おいおい、それは無いだろう》と思ったが止まる雰囲気は無くどんどん進み、見えなくなってしまった。後ろの人に声をかけた私の立場はどうなるの・・・仕方なく私はそこで待つハメになった。
追いついた方が待っていた私を見つけると『無かったですよ』『ありがとうございました。でも私のじゃないんですよ。白い帽子の人が頼んでおいて、さっさ行ってしまったんですよ。参りました』と言うと、奥さんが『それは無いよ~って感じね』と言ってくれたのが救いだった。
このことが切っ掛けで一緒に歩くことになった。結果としては良かった。元埼玉県庁にいて来年70歳の紳士でした。本当は今日は大山の予定だった・・・数年前に行って来た・・・などと話しながら蛇骨岳は直ぐだった。私の足のダメージはこの時点でも全く問題なく、奥さんがコースを調べながら『Jバントを下ってその先のことはまた考えよう』と言うので私もそれにのることにした。
仙人岳・鋸岳の登り返しも今日の私には全く軽い負担で足は順調そのものである。一昨日までの膝関節の痛みは何処に消えたのだろうか。ひょっとしたら山頂も・・・と色気が湧いてきた。
Jバンドを下り始めて直ぐに『私はやっぱり高所恐怖症なんだ』と実感した。全盛期の自分には信じられないほど怖い。自然に岩壁の方に体が傾いている。情けないほどだがこれも真実・・・五竜岳への縦走の際、恐怖のあまり這い蹲っていた方の心境が理解できた。こんな馬鹿な・・・。最も20~30㍍も下るといつもの調子を取り戻すことが出来た。
前掛山登山口で食事をとり頂上を目指した。コースタイムは70分らしい。登って下って更にトーミの頭に上り返しても明るいうちには戻れるはずである。それなら行かない手はない。
焦らずじっくり歩き続けることにした。歩いていれば何時かは到着することが出来る。今こそ自分の力が試せるときである。苦しかったがまだ余裕があるうちに浅間と前掛の分岐に着いた。
《さあー大変、どっちにしたものか》と言うのもほとんどの人が登山禁止のロープを無視して浅間に向かう。私も5分は悩んだ。
でもやっぱりルールを守ることにした。というと格好はいいが・・・このとき地図で確認した前掛の標高2.524㍍は浅間の最高点と勘違いしたせいもある。後で確り確認すると44メートルも最高点に及ばなかった。
それなら浅間を選んでいた・・・と言っても後の祭り。
前掛の山頂には【浅間山】の標柱が立てられていた。何とか禁止地区に行かせない工夫なのだろう。少し残念・・・写真で判断しただけで浅間よりかなり低いことがうかがい知れる。でも負け惜しみではなく後悔はない。この体調でここまでくる事が出来た自分にむしろ感謝したいほどである。
結局、下山時に大宮のご夫婦とすれ違う事は無かった。山頂は止めたのだろうか、それとも浅間に向かったためにすれ違う事が無かったのか・・・・知る由も無いが、お陰で山頂を目指した事に、やっぱり【感謝】である。一人だったら山頂を目指す事は無く、きっと途中で萎えていた。
長い下りだったが早月尾根を下ったこの足である。こんな下りで音をあげるわけには行かない。湯の平口でこれから向かうトーミの頭への登りにそなえ残りのバナナでエネルギーを補給した。
思ったとおり・・・とてもきつい。5歩も歩くと立ち止まって呼吸を整えて・・・本当に今日中に登りきれるのか・・・それほどきつい登りだった。鎖場がある登り以外で今まで私が経験した最大の斜度であろう。
そして何より崩落しそうな岩壁が頭上を覆い、この細いトレースはよじける事を許さない。こんな斜度でよじけて滑落したら・・・それでもJバンドの下り始めよりは余裕が出来ていた。
崩落は確かに恐怖だが実際に崩落したら逃げようが無い。考えるだけ無駄である。時間も7時に暗くなるとして6時にトーミの頭を出発できれば何も問題はない。そう考えるとこの壁に3時間も使える。這ってでも十分到着できる。焦る要素は何一つ無い。
私の前にこの壁取り付いていた人も全員が見えなくなった。私の後にこの壁に取り付く人もいない。今この壁に取り付いているのは私だけだ。5歩しか歩けない状態では、先を考えても仕方が無い。《あそこまで何分までに着こう》と10分単位ぐらいの目標を定めて、それを繰り返した。
コースタイム90分だったから尾根が直ぐそばに見えても、私はまだ当分登りがあると思っていた。上り始めて60分だったからである。ところが上りきった登山道には【黒斑・草すべり分岐】の看板が立っていた。やった~!!
後は車坂への下りを残すのみ・・・しかし一気に緊張感が薄れたせいか、この下りが本日一の辛い下りであった。5時前に戻ることが出来たら【花の百名山 高峰山】にも行くつもりでいたが、それを簡単に諦めさせるほど最後の下りには苦しめられた。
なんてこと無い下りにこれほど泣きが入ったのも初めてかもしれない。
それにしても良く歩けました。9時間は初挑戦としては立派なものである。本当に楽しい時間で他のどんな山にも勝るとも劣らないダイナミックなロケーションは、十分満足の山行だった。大山を諦めてもなお・・・何より自信を取り戻した重要な山行になる事は間違いない。
温泉は高峰高原ホテルのこまくさの湯。800円とかなり割高である。相当泉質も・・・ひょっとしたら高峰温泉からの引き湯?
と期待したが・・・。
循環で、しかも引き湯でも小諸の布引温泉からローリーで運ぶもの・・・輸送料金がプラスされる分、割高でも仕方が無い
・・・かも。
本来なら【温泉】と呼んでいいかどうか疑問もあるが・・・特にコメントは控えます。