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釣行記ー19 長野 大町・鹿島川

長野 大町・鹿島川

鹿 島 川 源 流 行 ~~山嶺と夜のしじまと尺岩魚~~

「さて、今日は何処にしようかな」  

地図を広げてから私はもう1時間以上も考えこんでいた。どうしても決まらない行き先に少し焦り始めてもいた。鉄人は「何処でもいいですよ。師匠と行くのが楽しみなんだから」と言ってはくれている。

だから別に“釣果が期待できる所”などとは思ってもいないのだが・・・。私自身が数少ないチャンスを満足できるものにしたいと、欲をだしてあれこれ迷っていた。

 “そういえば二人だけで出掛けた事は暫くないなあー”と思って記録を見ると、平成6年9月に岩手の鷲巣(わしのす)川に出掛けたのが最後だ。

実に4年ぶりになる。そうそう、あの時は徹夜で岩手まで車を走らせ、雨の中で釣りをして“宿に泊まって翌日も”と思っていたが「台風が直撃する」と聞き、宿をキャンセルして暴風雨の中を“とんぼ返り”。

私はダウンしたものの鉄人は二晩も徹夜して運転し続けたっけ。 

「師匠と付き合ってなければ岩手まで来れなかった」と言ってくれた。あれからもう4年か!

今日は金曜、明日、あさっての土・日を利用しての今回は、遠くまで行けば行くほど時間のロスが大きくなるだけだ。

禁漁前の土・日となると何処へ行っても釣師がウロウロしていて、ガッカリして帰って来るのが関の山だ。どうせ駄目なら近場で探せばいい。せいぜい3~4時間の範囲で・・・。

そうは思っても8時半に鉄人が来てから1時間以上も決まらない。

 群馬・・・福島・・・新潟・・・長野・・・。長野・・・。長野・・・?「そうだ、鹿島(かしま)川でどう?」

 「何処ですか?」

 「北アルプスだよ。大町温泉郷のところから五龍(ごりゅう)岳へ突き上げている沢だよ。高瀬川の支流でね、だいぶ前に下流をフライで釣ったことがあるんだ。川原が広くてテンカラにいいかもしれないよ。近いしね」

「行きましょう。行きましょう。そこいいですよ」

最近テンカラに凝っている鉄人は、テンカラと聞いて二つ返事。こうしてやっと場所が決まった。

今年の夏休み、私は妻や妻の生徒達と八方(はっぽう)尾根を登った。真夏の日差しが痛いほどによく晴れた日だった。

ダイナミックに広がる唐松(からまつ)岳、五龍岳そして白馬三山〔白馬岳・杓子(しゃくし)岳・白馬鎗(はくばやり)〕の眺望を堪能できた一日だった。

眼下の平川や松川など幾多の流れは、惜しげもなく降り注ぐ真夏の太陽光を弾き返しながら、あたかも鏡のようにギラギラと輝いて五龍や白馬の深い谷あいに駆け上がるように消えていく。

「いつか、きっときっと、きっとこの沢を遡ってやる」

その夜泊まったペンションのオーナーはフライマンで、周辺の沢を釣り歩いていると言う。

しかし、やはり「昔はよかった」と伏せ目がちに話すオーナーの表情を見て、私には状況がはっきり理解できた。

ただ“鹿島川”だけは復活して来ているという。フライマンのオーナーが言う「復活している」とは、おそらく下流域の放流ものの話で、フィールドの違う私はあまり興味をもってその話を聞くことはなかった。

それでも今回のように全く行く当てのない状況に陥って、この鹿島川に思い至ったのは何か予感させるものがあったに違いない。

大町温泉郷から鹿島川の上流に向けて車を進めた私たちは、5キロ程のところで車を止めた。

今、1時、5時に起きるとしてもたっぷり4時間は眠れる。あとはいつも通りお湯で割ったウイスキーを、息もつかさず飲み込んで寝るだけだ。

酒があまり飲めない二人にとって、お湯割りウイスキーは最高の睡眠薬だ。それでなくても心もとない脳は強制的に活動を停止させられ、一気に夢の世界へと誘(いざな)われるのだ。

早朝、目を覚ました我々は大谷原の鹿島槍(かしまやり)登山口までさらに進んだ。車で入れるのはここまでだ。

標高はすでに1100メーターを越えており、まとわりつく冷気は寝ぼけた頭に“渇”をいれてくれる。

初めての我々は目の前を流れる本流に入る事にした。川通しで少し遡ると右岸から一本の沢が注いでいる。

しかし、流れは細くとても釣りになるとは思えない。このまま豊かな流れが大岩の下にポイントを造りだす本流を遡ることにした。

のんびり釣り上がった。時々正面に鹿島槍が現れて私の足を止めさせる。

鹿島槍は南峰と北峰からなっていて、東側に位置する爺ヶ岳(じいがたけ)との稜線のコル(按部)が冷乗越し(つめたのっこし)である。大冷(おおつめた)に沿ってのびる林道は西俣出合から登山道となって、赤岩尾根、コルを経て鹿島槍の頂へと続くはずだ。

「ちょっと待てよ、おかしいぞ。と、いうことはこれは鹿島川の本流じゃないよ」 本流であれば見えるとしても五龍岳のはずで、相当の距離を遡行し5寸程の岩魚を数匹釣り上げてから、やっと私はこの流れが大冷沢だと気がついた。 

飛沫を弾かせながら勢いよく流れる割りには、入渓者が多いのか一向に魚信が伝わって来ないこの沢も、渓谷を見て、山嶺を望めばボヤキも消えうせた。

「まあ、出るところで出るでしょう」と言ってる間に、鉄人のテンカラに今日初めての7寸クラスがやっと来た。

大冷沢に竿を入れる
後立山連峰の稜線

西俣出合いまでの林道を利用したり、水線通しで遡ったりしながらいくつかの堰堤を越えた。

右にくねった林道を回りこんで行くと正面に大堰堤が現れ、その堰堤越しには鹿島槍が一段と雄々しくそびえ立っていた。

相当ひどく重機などでいじくりまわされたのか、堰堤までは草一本生えていないガレ場の中を流れていて、とてものこと竿を入れたいとは思えなかった。

白濁した太い流れに手を入れてみると、指をそぎ落とされる程に冷たく、あわてて流れから手引き抜いた。

「雪代だ!さすが北アルプス、この時季でも雪代とは・・・」「これが“大冷”の由来か?」

この最後の堰堤の下には地下道がある。大冷の増水で登山道が遮断されないようになっていて、どんなに雨が降り続いてもこのルートは確保される仕組みだ。私はこの地下道に入ってみた。

分厚いコンクリートの天井をはさんで、頭の上には白濁した流れがあり、明かり取り用に数箇所に設置された強化ガラスの小窓から覗くと、あたかも滝のように落下していた。

 この地下道の上を流れ下った大冷は滝壺のようになっていて、ぶつかりの大岩の下は狭いエゴになっている。

ここまでは岩魚も遡上できると思った私は、このエゴの中に操りながら仕掛けを送り込んだ。

そして狙い通りに8寸を引きずりだした。狙った所にいてくれるのは、やっぱりうれしいものだ。

二人はここで鹿島槍と向き合って、にぎりめしにかぶりついた。こんなロケーションでは何を食べたってまずいわけがない。

もっと上流へと思い巻道を登り堰堤の上に出てみると、伏流なのか取水なのか解らないがほとんど流れはなくなっていた。

さらに遡行する為には相当上流に入り込まなければならないようだ。登山道を更に進んでみたが、私達は今日の遡行を断念した。

帰り道、私はいつも通り振りかえり振りかえり山嶺に目を遣った。そして何かを心の中に誓ったような気がした。

地下道のある大堰堤
最高のキャンプ場・・・公共の場を占有

大谷原で私達は“この後どうするか”を相談した。とりあえず今日の泊まりだ。

周りを見れば休憩所としてのテーブルやイスがあり、ご丁寧に水道やトイレまで完備されていて、下手な民宿などよりははるかに好条件だ。

「今日はここで食事をして、車で寝ましょう」最もだ。こんないい施設を利用しない手はない。

それならと今度は私の提案で、二人は大町温泉の「薬師の湯」に向かった。ちょっと温めのこのお湯も剣岳以来だ。

5時頃に大谷原に戻った二人は“夕まずめ”狙いで、今度こそ本当の鹿島本流にテンカラを踊らせた。鉄人にはチビが数匹きていたが、私は目を患って以来、毛鉤がどこにあるかさえ判らない状態で、当然おデコで終わった。

日が落ちて川原の石に足を取られながら戻ってみれば、鉄人はすでに飯盒でメシを炊き始めていた。私もおかずや酒を用意しながら手分けして準備した。

メシは炊きあがり酒はすすみ、だれにも気兼ねすることのない男同士の夜は更ける。二人にすれば随分飲んだ。缶ビール、それにウイスキーはボトルの三分の一は空けたようだ。

昔語りの種はいくらでもある。飲むほどに・・・酔うほどに・・・星降る夜・・・雄大な自然にいだかれて、なにもかも忘れての“俺の時間“ 「時間よ、止まったままでいてくれ、もっと・・もっともっと・・・この静寂(しじま)に浸らせておいてくれ」

釣師の車で目を覚ます。みんなものも言わず黙々と身支度を整え、そそくさと立ち去って行く。

何だかこれから悪いことでもしにいく人が、人目を避けているようだ。声をかけるのもはばかられるようで、実際に声をかければ逃げ出しそうな雰囲気だ。

一人で夕べの宴あとが残るテーブルに座ってタバコを吸っていると鉄人も起きてきた。

「もう7時なんですね。よく寝ました。コーヒーでも容れましょう」「もう5組も本流に入ったよ」

「日曜ですから」

「焦ることないよね。入れるところに入ればね」「そうですよ。ゆっくりコーヒー飲んで、食事して、それから行きましょう」

コーヒーの準備をしていると、一人の地元の若者がやって来た。「すでに5組も本流に入ったよ」と話すと、「全然気にしない」と言う。我々と同じスタンスらしい。

鉄人がコーヒーを勧めると「ごちそうになります」と如才なくテーブルについた。

そして“わざわざ遠くから来てのんびりしていていいのか”というようなこと聞いた「先を争うような釣りはしたくない。いつもこんなふうにゆっくりなんだ」「私もそうなんです」と若者。

我々はすぐに打ち解けて、色々な話をした。本当に気取りのない青年で“宿六”の仲間に入ってもらいたいと思った程だ。旅ではこうした出会いも又楽しみの一つだ。

「何年か前に小冷(こつめた)沢にエサで入りましたけど、結構釣れましたよ」 「昨日、出合いの所を通ったけど、水が全然なかったよ」「ええ、上で取水しているんです。100㍍も遡るとガンガン流れていますよ。よそから来た人は水がないと思って入らないんですよ。」

そうか、確かにそうだ。昨日我々もそう思った。迂闊だった。でもこれで今日の沢は決まった。

若者が礼を述べて去った後、鉄人は夕べの残りご飯をおにぎりにした。全く何から何まで器用なやつだ。いかに気が利いてまた尽くしてもらっても、残念なことに女房にだけはできない。

にぎりめしをザックにいれ、ザイル・カラビナ・スリングを確認して、期待が膨らむ小冷めざし私達は出発した。

堰堤脇を直登する
青い水を満々と蓄える堰堤湖

小冷の源は爺ヶ岳にあり、時々見え隠れするそれは朝日に輝いていた。

私達は昨日と違い、大冷と小冷の出合いを左手に進んだ。そして若者が言うとおり50メートルも進むと取水堰になっていて、そこから先は豊かな木立の中を滔々と流れる小冷に変わっているではないか。

そしてすぐに大淵をもつ堰堤があり、「おいで、おいで」と誘っている。でも二人は我慢をしてさらに先に進んだ。

堰堤の上流はまあまあの渓相をしていたので、そこからやっと竿をだして釣り遡った。だが魚信は全くない。さらに少し遡り、沢が張り出した岩山を巻くと、突然、ダムと見まごうばかりの巨大な堰堤が現れた。

高さが30メートルはあるかもしれない。まだ新しい堰堤で、築造時に沢はかなりいじくり回されたろうから魚信がないのは当然だ。近寄るとさらに高く感じる。

 「どうしますか」「当然、上だよ」私はいともあっさり言ってのけた。

「そうですよね、一応聞いただけです」とニコニコしている鉄人。

まずルートを確認する。堰堤がせき止めるこの沢の両岸は切り立った岩壁で、その膚を“蛇籠(じゃかご)”に使用するような太い番線の金網が、落石を防止するように覆っていた。

この金網を伝ってよじ登るか、あるいは堰堤の上まで続くつづら折れの魚道を登るか二つに一つ。

我々は金網を選んだ。魚道は滑りそうな気がしたし、かなりの深さと水量があり水圧が強くやっかいに思えたからだ。

堰堤にたった二人は驚いた。本当にダムと言っていいほど満々と水を貯えている。 「ここから相当遡っているぞ」 「これは期待がもてますね」と鉄人。

私達は巻き道を探した。堰堤内はかなり水深がありそうで、とても水線通しは無理である。

9月もここまでくると首まで水に浸かって泳ごうという気にはなれない。ましてや北アルプスの雪渓から溶けだしている雪代だ。浸かった瞬間に心臓が止まること請け合いだ。  

行きつ戻りつルートを探したがどうしても見つからず、とうとうこの堰堤湖の斜面をへつることにした。

最初は簡単に進めたが段々傾斜がきつくなって来て、ついに湖面が真下に見えるようになってきた。

そして完全に行きづまってしまった。2メートルほどの段差に全く手掛かりがないのだ。

飛び降りようにも飛び降りた先にスタンスが取れそうもない。仕方なく私は身体を鉄人に確保させながら、慎重にザックから数本のスリングを取り出した。

そして連結させた一方の端を立ち木に結び付け、ぶら下がりながら何とかここを突破した。鉄人はザイルも持っていたが、この先どこで使う羽目になるか分からなかったので、ここに残置する訳にはいかなかったのだ。 

「帰り、このルートやめよう。もったいないからスリングを届くところだけでいいから回収して」

鉄人は懸命に手を伸ばし回収しようとしているが、いかにも足場が悪く不安定で、見ていて危険を感じた私は回収を断念させた。そして岩壁にぶら下がったままのスリングを、“もったいない”という思いで見つめながら川原に向かって降りて行った。

前日と違い小冷は私が小躍りして喜ぶ渓相で、小さいながらもゴルジュ帯が続き、落ち込みと大岩が点在していて、見事なまでに“北アルプスの渓”を演出している。

なにより嬉しいのは、あまり釣師の立ち入った様子がないことだ。たまに砂地の上に足跡が残ってはいるが、ゴミなどはほとんど見ることができなかった。

爺ヶ岳はというと2700メートルもあるというのに、ゴルジュに遮られている。少し暗い感じのする渓谷を、大岩やその間から落下する清冽で豊かな流れに心を奪われながら遡った。

しかし我々二人の大きな感動程には魚信は遠く、たまに小物がちょっかいを出すだけだ。

何処かにはいる、絶対にいるはずである。 堰堤から1㌔は遡った頃、目にした光景に二人は顔を見合わせてうなずきあった。「ここだ、ここしかない。絶対ここにいる」

2メートルの滝の下が6畳程の釜になっている。ここまでは遡上を止めるほどの落差はなかった。溜まるとすればここしかないのだ。

 “お先にどうぞ”と譲ってくれた鉄人より前にでた私は、流芯の左側、流れだし近くにそっと仕掛けを落とし込んだ。

きた! まるで入れぐいだ。手ごたえで大ものだと判断した私は、場を荒らさないようにとその岩魚を釜の流れ出しから下流へ引きずりだした。

おや? あまりに簡単に引きずりだされた手ごたえのなさに、私は落胆した。見た目も小さいようだ。

「これは尺ないや」 「いや、ありますよ」

そう言ってスケールを取り出した鉄人が、砂利の上で跳ね回る岩魚を押さえ付けながら計って見ると、31センチもあった。

今度は鉄人が流芯の右側にそっと沈ませた。そしてまた直ぐにきた。間髪入れずにだ。しかし次の瞬間あっという間に竿はテンションを失っていた。

魚影さえ見ることが出来ないほどに、鉄人が簡単に敗れた。鉄人をして簡単に打ち負かす怪物・・・かなりの大物だったに違いない。

一号通しに作りかえた鉄人は大岩の陰に姿勢を低くして身をかくしながら、再び流芯の右側に落とし込んだ。私もその大岩に身体を預けるように伏せ、首だけを伸ばして釜を凝視した。

さすがに今度はなかなかこない。あるいはもうこないのか。鉄人はじっと待ち続けた。

そしてまた「きた!」

今度は慎重に引き寄せて取り込んだ。早速スケールをあてると33センチ。

さっきの大ものではないようだが、それでも会心の一発だ。二人とも尺をあげたとなると実に7年前になる。

一匹ずつあれば十分だ。“もうこの釜はやめよう”と二人は竿をたたんだ。

北アの雪代で磨かれた一本
1号通しで抜き上げた

大岩の前で写真を撮った。魚体は本当にきれいだ。が、それ以上に二人の顔が晴れがましい。

「上にもいないか見てみませんか」 「そうするか」

鉄人は私の先にたって左岸側の大岩から滝を乗り越えて行った。

私も同じように大岩に乗り、滝に取りつこうとした。次の瞬間・・・なんと足元の軽自動車程もある大岩が動きだしたのだ。 

ズッ・・ズッ・・ズッ・・ズッ・・ドッパァーン・・・大岩は釜の中に落下し、辺り一面に恐ろしいほどの水しぶきを飛散させて、釜の三分の一程を埋めてしまった。

揺れを感じた私は咄嗟に滝の岩に飛び移り、ミィーン、ミィーンとは鳴かないまでもセミのようにしがみついていた。

見上げれば鉄人は茫然のあまり、口はあんぐり、目は点になっている。本当に瞬時の出来事だった。

まさかあんな大岩が浮き石だったなんて誰が想像出来るだろう。源流にはどんなアクシデントが待ち受けているか分からない怖さと楽しさが同居している。

私も怖かったし鉄人も怖かったと思う。何が怖いって先程鉄人はあの岩の下に身を潜め、私は私で身を預けていた。

その時動きだしていたら・・・怖い!!しかし先程鉄人が逃がした岩魚はビックリしたかな・・・なんてつまらないことが頭に浮かんだ。

あるいは下敷きになってしまったのか、はたまた逃げ込んだエゴの入り口を大岩が塞いでしまったかな。そうだとすれば誰にも釣れない。

 「さすが師匠、“なんとか石”って言う奴ですね。だれにも釣らせない。なんて言いました、あの石のこと?」 そうだとしても何もあれ程大きくなくたっていいんじゃないの。

 魚止の主の“たたり”かもしれないし何かの“おつげ”かもしれない。

私は鉄人に「帰ろう」と言った。途中、そま道でもないかなと探しながら帰ったが、とうとう見つからずバックウォーターまで戻った。

そして辺りを探したがやはりルートは見つからなかった。山肌に沿って堰堤湖の突破も試みたが、あっと言う間に水位は腰を越える。結局行きに難渋したルートを帰ることにした。

鉄人が先に斜面をよじ登りザイルを張った。私も続き、そして例の2メートル程の手掛かりの全くない段差にたどり着いた。

“天の助け”か“神の御加護”はたまた“正しい判断”(?)か、そこには連結されたスリングがなんとも頼もしげにぶら下がっていた。堰堤からは金網を慎重に下り釣行は幕を閉じた。でも思い残すことは何もない。

山嶺と夜の静寂にいだかれながら思いっきり楽しんだ。その上二人で尺岩魚・・。

植野稔氏による「北アルプスの渓」という情報誌を見ると「小冷沢は水がなく、釣りにならない」と記載されている。

これを見た吉田がニッコリしながら 「植野さんともあろう人が・・・」

その後訪れる度の釣果

釣 行 者 鉄人・師匠
釣 行 日 98.9.20

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