ブログも含め、ごゆっくりお楽しみください。

言葉の重み

雑感

ブログに【政治】は話題にしないと決めている友人がいます。行動力があってネタが豊富ですから、むしろ政治なんて詰まらない話題に貴重なページを割くのが勿体無いのかもしれません。

私もそうしたいのですが・・・とにかく政治の低脳ぶりに腹が立って・・・黙っていられません。漢字を読めない首相もいましたが、今度のははっきり言ってそれ以下ではないでしょうか。とにかく発言というか言葉が軽いんです。

今度は原発事故の影響を受けた地区を指して『20年も住むことは不可能』と発言したことが、松本大臣を通じて表面化しました。菅と松本の二人で懸命に否定しています。
そしたら枝野が『ご心配と不安をおかけして』・・・って、お詫びするのはその部分じゃない・・・分かっていません。

松本ごときの軽い人間のぶら下がりでの発言で、現実を知らされた被災者の感情を考えたらどんなに悔しいでしょう。枝野はそこが分かっていません。
被災者から見える位置に立って、お詫びの心がしっかり伝わるように伝えるべき内容です。
そして国としてどのように支援していくのか・・・納得はできないまでも、少しでも安心していただけるように発信すべきでした。

今回の災害では本当に言葉の持つ重みを、これほど感じたことはありません。
まず総理の『原発を勉強しに行きたい』発言は、全く危機感を持っていなかったことを如実にあらわしています。その結果水素爆発に繋がったと言われているのはご承知の通りです。
原子力安全委員長からでた発言を『言ったかどうか記憶にない』ですって・・・情けない。

常に『直ちに人体には影響しない』と言い続けた枝野の言葉も、国民の命を軽視しています。御用学者や御用マスコミが『パニックが起きるといけない』とよく発言します。
正しい情報でパニックが起きたとしたら、それは起こるべき正しいパニックでしょう。
国民を被爆させ生命の危機に遭遇させておいて、パニックを心配していただくなんて・・・余計なお世話です。

先の松本ボケ・・・放射能汚染水を海に流しておいて『国際法上に全く問題ない』発言も、およそ大臣なんでしょうか。生活の糧を奪われた漁業者への想いは微塵もありません。民主党政権の立場だけの発言です。
日本人だけのものではない・・・ひいては人間だけのものではない自然環境に対しての、畏敬の念も全く持ち合わせていないようです。

それに引き換え塩釜か気仙沼の中学校の卒業式で、懸命に涙をかみ殺しながら【答辞】を呼んだ子供・・・実に感動的で・・・思い出すたびに涙が止まりません。
『大切なものを一瞬にしてすべて奪い去った。試練というにはあまりに過酷・・・でも天を恨まず・・・支えあって乗り越えていく』
とても中学3年生の言葉と思えないほど、心を打つものを感じました。支えるはずの心を失くしそうになった時、この言葉を思い起こします。

それに引き換え・・・政治家の言葉がなんと空しいのでしょう。
あ~あ、今日も長くなってしまいました。

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