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本庄と言う街

リタイヤ生活

3日ぶりにジム。相変わらずバイクとウオーキング。

どれぐらい脚力は仕上がっているのでしょうか?

一度山に行って見たいものです。

さて街中ゼミの続きです。

戸谷八のご先祖ですが新田家の家臣団で現在の太田市から移ってきたと言いましたが、新田家とは室町幕府を築いた足利尊氏と覇権を争い敗れた・・・あの新田義貞です。

北関東の武将同士で覇権を競った北関東の時代でしたね。

その後の本庄と言うと地勢的には、越後の上杉、小田原の北条、古河公方のいずれにとっても最前線の地でした。

後にはこれに甲州の武田氏が参戦しますので、こんな群雄が割拠する地で生き残った商人の逞しさは見るべきものがあります。

武田氏が終焉を迎えると織田信長の勢力が武蔵の地に入ってきました。

その先峰が滝川一益です。そして厩橋「現前橋市」を拠点に神流川を挟んで北条一族と対峙していました。

こんな時を経て後に織田信長は本能寺で明智光秀の裏切りによって生涯を閉じます。

この知らせによって滝川一益は京に遁走する。

時は秀吉の時代に移りつつあり、こんな折に滝川氏は秀吉と覇権を争う柴田勝家側に着いたのでした。

そして柴田氏は越前北の庄で秀吉によって滅ぼされますが、滝川氏も同時に滅亡。

一益は出家して権力とは無縁になっていきます。

その子孫も権力の中心からは離れていく運命でした。

その時代の舞台はまさしく京ですが、別の意味では本庄もその舞台に登場したのでした。

余談ですが、この滝川一益の隠棲する孫の三九郎に、真田幸村の妹が嫁いだと池波正太郎氏の【真田太平記】にあります。

時代は維新前後まで下り、徳川家茂が上洛する護衛として浪士隊が結成されます。

剣術に長けていれば百姓でも浪士隊に入る事が出来ました。

後の新撰組ですが、その先達が水戸藩脱藩浪士の芹沢鴨でした。

そしてご承知の通り、近藤勇、土方歳三、山南敬助、沖田総司、藤堂平助、そして後に一説には坂本竜馬暗殺の犯人かと言われる原田佐之助・・・錚々たる名が連なります。

そして後に新撰組として残る事が無かった新見錦、清川八郎、山岡鉄舟も浪士隊にいます。

江戸を出発して3泊目の本庄にさしかかったとき、リーダーとして君臨していた芹沢の宿が手違いで手配されていませんでした。

どうも近藤勇がミスをしたようです。

豪胆で短慮の芹沢はこれに怒って、廃屋を倒して篝火としてドンドン火を燃やします。

火の粉は風に舞い上がり、宿場の屋根に降り注ぎます。

驚いた宿場の民は屋根に上って水を撒きました。

役人が飛んできましたが、将軍の威を借りる芹沢は引くことをしませんでした。

山岡鉄太郎のとりなしでやっと矛を収めます。

これが歴史で言われる【本庄篝火事件】です。

近藤勇との確執の原因とも言われ、のちの近藤一派による暗殺の大きな要因ではないでしょうか。

が・・・どうも真実ではなさそうで、本庄の歴史的書物には一切記載されていないそうです。

同じような逸話が、甲州街道との合流の宿「諏訪」にあるそうです。

芹沢は壬生浪士隊になってからも、京都の商家からこの手口でお金を巻き上げていた・・・とドラマに度々登場します。

歴史とは勝者の理屈ですから、近藤一派の芹沢を貶めるための捏造かもしれません。

韓流ドラマを観ていると、こんな事は当然考えられます。

長くなりましたし話がそれました。お付き合いありがとうございます。

なにせ歴史が好きで・・・余計な事まで長々と。お許しください。

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