白昼堂々神隠し・・・谷川岳
平田影郎
この日はスタートからおかしかった。4時集合なのにタケちゃんが来ない。寝坊したと言って飛び込んで来たのはもう5時になっていた。5時にはマチガ沢に沿って歩き始めていたはずだが、結局1時間遅れの6時に歩き始めた。
マチガ沢からガレ沢の頭に出るコースは谷川岳とはいえ稜線歩きの一般コースでさほど危険も無い。
巌剛新道はガレ沢の頭手前に一箇所鎖場があるだけで、登山初めてのメンバーもほとんど問題なく進んだ。懺悔岩付近までは眺望も利き、白髪門や朝日岳の稜線も確り確認できた。ところが肩の小屋に着くころにはガスが湧き周りの峰峰は視界から消えてしまった。10時30分に山頂に到着。トマの耳からオキの耳へ廻り肩の小屋で昼食とした。小雨も落ちてきて小屋はあっという間に人で溢れかえってしまった。運良くテーブルを確保でき、いつも通りA支社長が作るサラダをご馳走になった。わざわざ部下のためにサラダの材料を山の上に運びあげてくれる上司に信頼の念を強く抱く。
12時には天神平を目指して出発。A支社長、気性はせっかちで体力は未だ20代。会社でも毎日昼休みに縄跳び1.200回、ベンチプレス200回などで鍛え上げた身体は筋骨隆々の恐ろしき60歳。しかも若いときから南ア縦走など数知れず。それなりの自信もあってビギナーのペースではカッタルイ・・と、猛スピードで下っていってしまった。これについてくだって行ったKも剱に一緒に登った猛者で、負けるものかとばかりあっという間に視界から消えていってしまった。残りの我々は登山初めてのメンバーのペースでゆっくり下った。天神尾根の下りは段差が高く登りに利用していればかなり大変な思いをしたことだろう。
12時45分に熊穴沢小屋に着いた。先行した二人とは15分ぐらいの差がついたはずだ。小屋で少し休み分岐を左に折れて天神平を目指す。この頃はガスもとれてかなり先まで見渡すことができたが、二人の姿を目にすることはできなかった。
天神平のゴンドラ駅レストランが見えてきた。向こうからビールでも飲みながらこちらを見ているはずだ。ところが窓からこっちを見ている様子がない。レストランの中に入って見回してみたがやっぱりいない。トイレにでも行っているのかなと思い手分けして探したがやっぱりいない。考えられる場所をほとんど確認した。
どこかで追い越したのだろうか。嫌々そんなはずはない。天神平と天神峠を間違えたのではと思い、呼び出しをしてもらったが二人は現れない。こんなに待っても来ないということは既に土合に下っているのではと思い、我々もロープウェイで下ることにした。
土合は紅葉シーズンということもあってゴンドラは長蛇の列である。数え切れない人、人、人だ。しかし二人はやっぱりいない。たった二人がなぜいない。
天神峠では5分おきに呼び出しを続けている。仕方無しに案内所に届け出た。案内所でも遭難かもしれないと低い声で話している。こんな話はあっという間に広がるもので、タクシーの運ちゃんまでが「いたかい?」と心配してくれている。
落ち着いて考えてみようと自分に言い聞かす。「おやっ?」地図を見ていて私はあることに気がついた。熊穴沢小屋の分岐から右に折れて、下りながら二岐(ふたまた)に出る一本のルートだ。登りがきついため主に下りに利用されるルートだが最近ではあまり利用されることがない。私はとっさに“これだ!”と思った。あのせっかちな二人のことだ、下ってきた勢いのまま確かめもせずにこのルートに入り込んだに違いない。絶対これしかない。私の予測通り熊穴沢小屋が12時半だとすれば二岐への下りが1時間、二岐から牛首をぬけて谷川温泉までが1時間。二人の足なら2時半には谷川温泉に着くはずである。私は自分の知識に賭けることにした。谷川沿いの地理は釣りで何度か来ているだけに自信があった。二人なら間違いに気づいても登り返すことはないだろう。きっと谷川温泉に向かうはずだ。それでももし違っていたらもう迷っていられない。遭難届けを提出しよう。
土合に一人を残しタケと私は谷川温泉に向かった。温泉の最奥、谷川の流れに沿って続く登山道の起点に車を停めようとしていると・・・遠く木立の間から・・・見覚えのあるシャツ姿・・・現れた。私たちを認めると安心したのか照れ隠しなのか、笑顔で手を振っている。それにしても私の“読み”はピッタリ、時間までドンピシャだ。
途中で足をつってしまった支社長は初めての経験でかなりのショックを受けていた。Kが懸命にマッサージをしたらしい。
「歳なんだから無理スンナよ」と言いながら。しかしその程度でよかった。転落でもしていたのなら・・・と背中が寒くなる。
土合に戻りゴンドラの管理所に報告とお礼を述べると「よかったですねー」と喜んでくれた。
この後、“湯テルメ谷川”に集合して大宴会となった。当然遭難(?)した人のおごり。緊張から開放されたせいかやけにビールがうまい。遭難話を“つまみ”にしているのもビールが旨い原因だ。だれも帰りの車が運転できないほど全員がヘベレケだった。私なんぞは家についてもフラフラだった。
※全く酒が飲めないのが一名いますので誤解の有りませんように・・・。