匍匐前進・・・甲斐駒ガ岳 駒津峰(2,740㍍)・双児山(2,649㍍)
平田影郎
朝2時に目覚めたが再度眠るともう寝過ごすことは確実だったから、眠らずに布団の中でゴロゴロしていた。しかし眠いのを我慢するのも面倒になり2時半に起きた。身支度をして外に出ると満天の星空である。しかし雲の流れが早くどんどん空を覆い始めていた。
昨日の二人組みも外に出てきた。一緒に歩こうと思ったが二人が食事を始めたのを見て、まだ出発はしそうにないと思った私は「お先に」と声をかけ長衛荘を出発した。真っ暗な林道をライトを頼りに歩くが、うっかりもう少しで長衛小屋への入り口を見落とす所だった。小屋の手前には数張のテントがあったが灯りのともっているものは一つも無かった。既に空には星明り一つ無く小屋の前は真っ暗になっていた。小屋前をぬけ丸木橋を渡って登山道を歩き始めたが、暗すぎてルートが判別できず不安に襲われた私は一旦小屋前まで戻った。心細くて誰かが来てくれないかなとの私としては珍しく弱気の表れであった。
遠くから一筋の光が見え、その光源が近づいてくる。そして明かりは私に気付くと、私の前まで来て立ち止まった。私はてっきり例の二人組みの一人と思い、手に持ったライトを上向きに掲げ顔を照らした。ライトに照らし出されたのは急に光を当てられびっくりした顔の女性単独行のMさんであった。失礼なことをしてしまったと反省したが、それより驚きだったのは男の私でさえ心細く感じるこの真っ暗な山道を、若い女性の身空で一人で来るとは・・・。
「二人は来ませんか?」「後ろからきますよ」
「一旦行って見たけど道が判りづらいので戻って来た」などと話しているうちに二人が現れた。
この時もうぽつぽつと雨が落ち始めていた。4人は特に申し合わせた訳でもないのに一列になって歩き始めた。浜松の二人、その後ろにM、最後が私。30分ほどで仙水荘に着くと小屋にはすでに明かりが点り、何人かが出発の準備中であった。休まずにそのまま進むと我々がトップのようだ。さらに30分ほどで大石が撒き散らされたようなゴーロ帯に着く。ここで一旦ルートを見失ったが4人で広がって探すと見つけることができた。
仙水峠まで来ると空も白み始め、長かった暗闇からやっと解放された。樹林帯の急登に取り付くと途端に雨が本格的に降り出し、それぞれがあわてて雨具を身に着けた。雨の中での登りは普段以上に体力を消耗させたが、4人ともそこそこの健脚ぞろい、どんどん高度を稼いでいった。その中で私が一番遅れ気味であった。駒津峰への中程まで登って急に空腹を覚えた私は食事をとる事に。
丁度へばっていたし、小さな広場の真ん中にある大木が雨を凌げそうだと思ったからだ。降りしきる雨の中の食事は弁当が粗末なせいもあって余計侘しいものとなった。
先行する3人から大分遅れてしまったが、やっとのこと駒津峰に着くと3人は休憩を取りながら私を待っていてくれた。一人ではシャッターを押せないだろうとの気遣いであったが、この雨の中ではカメラを取り出す気にもなれず御礼を申し上げるのみにした。
雨の六万石への岩場は緊張感が持てて、そこそこ面白い。Mさんにはきついだろうと思って気にかけながら行動していたが、どうしてどうして立派なもので慣れている感じであった。
樹林帯が切れ砂礫帯になると横殴りの雨、ガス、強風が我々に襲い掛かり、ほとんど戦場で敵陣に攻め込む匍匐前進状態である。
岩に張付き風が弱まると次の岩まで前進すること数十度。あの岩が頂上かと思って取り付くと、さらに上方にガスの中から岩が現れ、今度こそと思うと更に上方に岩がある。大岩の陰から何度も現れるピーク。行けども行けども上方に新たなピークが現れる。Mさんに何度も「戻りますか?」と確認するが、絶対に首を縦に振ることは無かった。すごい根性だ。
何度もぬか喜びをさせられ、悪戦苦闘1時間の末、とうとうピークに立つことができた。眺望が一切無い頂上には我々4人のみで、写真さえ写っているかが懸念される程のガス、それでも証拠写真を撮り終えた。四人はこの嵐の中でお社の陰で持ち寄った食料を分け合いながら休憩を取った。
ボチボチ山頂に到着する人も出てきたので下山にかかると、ピークから吹き降ろす風が追い風となり足早にくだることができた。
この頃になると頂上を目指す人が切れ間無く続き、身をかわして道を譲る時間が増えていった。駒津峰に着くころには雨もあがり、ところどころガスも切れて双児山を望むことができた。我々は双児山のコースを選んで下った。登りかえしはそれほどきついものではなく、逆にその先の北沢への下りのほうが私にはダメージが大きかった。というのも3人は本当に健脚で、小走り状態の下りが北沢峠まで続いたからだ。
北沢峠の100㍍手前で大きなクラクションが聞こえた。11時半に出発した臨時の戸台口行きのバスであった。残念なことに5分違いで13時の定時発まで待つことになってしまった。バス停で4人は改めて自己紹介をしあうという変な山行ではあったが、お互いが自分の役割を理解し行動するという、稀に見る息のあった仲間たちであった。
南アルプス林道を戸台に向かうバスの車窓からは、青空にくっきりと浮かぶ甲斐駒・鋸を見る事ができた。