初めての縦走・・・五竜岳 唐松岳(2,696㍍)
平田影郎
「行きたいところ、どこでもいいですよ」と山の先生、タケが言うので「北ア」と答えた。北アにも色々あるが“後立”、中でも白馬などは一人でも行けそうで“鹿島槍か五竜”がいいと頼んだ。
それではと選んでくれたのが“八方尾根から唐松に登り、五竜を登って遠見尾根を下る”コース。不安もあったが魅力のほうが勝る。
八方尾根は前にも登っており様子はある程度解っていた。ゴンドラ・リフトで高度は一気に上がり山荘の前に降り立った。
またとないほどの好天、白馬三山、八方池から仰ぐ不帰、そして左手には五竜岳とその向こうに見慣れた双耳峰。
こんなにもダイナミックに展開するロケーションは北アの証し。写真を撮るのに忙しくなかなか進めない。あきらめて写真に専念した。途中お互いが写真に夢中になり尾根道と巻き道に逸れてしまったが、どこかで会えるだろうと思っていると八方池を見下ろす休憩所で会うことができた。
大きな雪渓が残るところでも雪の上に寝転んで休んだ。まったくなんてロケーションなんだ。花も丁度いい時季だったかもしれない。
唐松山荘にザックを置いて唐松岳へのピストン。五竜、立山、剱が間近に望めた。途中孵ったばかりのようなライチョウの雛が沢山遊んでいた。山荘に戻り表のベンチで剱を望みながら至極の生ビールをあおった。喉越しが実に気持ちが良い。ちょっと自分を忘れていた。あまりの気持ちよさに大して飲めないアルコールを一気に飲んだつけを、この後すぐに払う事になってしまった。
牛首の狭まった稜線での事、下り始めた頃からどうもフラついて足元が定まらない。おまけに目が廻り呼吸も苦しくなってきた。それはあっという間のことで私は一歩も動けなくなってしまった。気がついた相棒が慌てて私を這松の間に横にしてくれて、ザックを枕に暫くじっとしていた。
30分も休むと何とか呼吸も楽になり落ち着きを取り戻し、おそるおそる歩き出してみると何とか歩けそうである。
何とか事故に至らず済んだが、それ以降は小屋に着くまでアルコールを口にしないと肝に銘じている。
牛首のナイフリッジ状の場所でのこと、60才ぐらいの男性が四つん這いになって進んでいた。怖くて立ったままでは進めなくなったらしい。「申し訳ないが上を跨いでくれ」と言うので、背中を跨いで追い越させていただいた。
この方とは五竜山荘で同じベッドになったが、顔を覚えて居られたらしく「恥ずかしいところをお見せしました」と話されていた。可愛そうなのでこの話題には触れないようにしていた。確かにあの場所は人によってはびびってしまうかもしれない。それでも北アの初心者コースと記載されている。ここを過ぎると後は五竜山荘まで悪いところはなく、小さなアップダウンを繰り返し斜面のトレースを淡々と進んだ。
五竜山荘は四畳程の一段のベッドに六人で、まあまあ横になることができた。食事は案の定カレーだけで寂しい。
しかしお代わりができたので我慢の範囲だったでしょう。
私の隣は東京の人で実にすごいキャリアだった。端を確保し一人でチビチビとウィスキーをやっていたので、おつまみを差し出すと一気に打ち解けて、色々な豪傑談を話してくれた。北アも白馬から鹿島槍のこのコースが残っているだけだと言う。うらやましいなー。どういう仕事をしているとそんなに山に行けるのだろうか? 翌朝暗いうちに起きだし、雨が落ちてくる前にキレットを超えたいと早立ちして行かれた。
もう一寝入りしたが暗いうちに目を覚まし窓から覗くと、稜線にそって灯りが移動している。黒い山肌を幾つもの灯りが一本の帯のように続いている。我々も起きだし表にでてご来光を待っていると、やがて五竜の岩肌が真っ赤に輝き始めた。それは本当に燃えているような色だった。私にとってモルゲンロートは始めてであった。
食事を摂りザックを小屋にデポして、いよいよ五竜を目指す。岩場の連続であったが今になってみれば大した所ではない。ガスに包まれたピークからは何も望むことができず証拠の写真だけを収めて山頂を後にした。
山荘に戻りつく頃には雨も本降りになって、レイン・ギアを身に着けて下山開始だ。ところが白岳の下りはこの雨で岩が滑って滑って・・・鎖につかまっていても安定しない足元は、この山行一番の恐怖だったと記憶している。
長い長い遠見尾根を下り、タクシーで車を回収する頃には雨がすっかりあがっていた。
温泉は「岳の湯」、人工温泉でまあまあ満足できたが・・・この頃はこのあたりの知識があまりなかった。今なら塩の道温泉「倉下の湯」を選ぶ。ここの露天から望む白馬三山は素晴らしく自信を持ってお奨めだ。