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中山道いろいろ旅 木曽路3【武佐宿~草津宿】

木曽路3【武佐宿~草津宿】

2010/11/03(水)

【野尻宿~三留野宿】10キロ

 もう直ぐ岐阜県、美濃路に入る。ここまで来ると日帰りで歩くにはかなり辛くなった。埼玉からの往復に時間が取られ、肝心の歩きは効率が著しく落ちるからだ。この日も朝6時に自宅を出て塩尻ICまで2時間、そこから大桑村まで1時間40分を要した。野尻駅を出発したのはほぼ10時になっていた。

 今年は妻が腰椎ヘルニアなどでまったく歩いていないので、どれだけ歩く事が出来るか不安でもあった。途中に十二兼駅がある事が心の支えになって、挑戦することが出来た。体調不良の場合はそこから電車で戻る事が出来るので・・・。

【はずれ】を過ぎた辺り
最初の踏み切り、渡らずに左の通りに
入ってしまった。失敗。

 野尻の駅前に車を停める。広場に4・5台のスペースがあり、そこを勝手に使わせてもらう。前回は【はずれ】という屋号のお宅まで歩いていたので、駅からの道は直ぐに分かった。

 19号に出ないように沿って歩く。500メートルほどで最初の踏み切りだが、これを越えなければならないのに地図を確認しなかったため超えずに沿って歩いてしまう。上の写真踏切を越え無ければならない。

 阿寺渓谷への道のところで、再び19号寄りに線路を越えて戻る。次に現れる踏み切りは【中山道13号】と表示されているが、これも越えて再度木曽川寄りを線路沿って歩く。木曽川の対岸に【フォレスパ木曽】が見えていた。

19号に沿って進む
南木曽町の標識

 八人石を過ぎたあたりで19号が見えて来る。出たところに南木曽町との境界を示す標識が立っていた。橋を渡って左に坂を登ると十二兼の立場跡だが、ここもうっかりR19を進んでしまう。最初の間違い同様に後日2箇所とも歩きなおしたいと考えている。

 十二兼駅から大勢の方が出てきたので、ツアーで中山道を歩くのかと思ってしばらく一緒に歩いていた。少し会話をするようになるとこの方たちは地元のハイカーで、この日は柿其渓谷の紅葉見物で歩くようだ。

十二兼の集落
十二兼駅から歩く地元ハイカー
駅周辺の家並みを行く

 柿其橋の袂で一行と別れる。丁度橋の上から望める紅葉が、いい雰囲気を作り出していた。

 明治天皇御小休所碑を過ぎて進むとR19と合流し、このまましばらく木曽川に沿って進む事になる。

柿其(かきぞれ)渓谷からの流れ
明治天皇小休所碑

 延々2キロほどR19号と木曽川だけを見て進む。木曽川に沿って点在する僅かに焼けた木々だけが心を和ませてくれる。金知屋でツツジが狂い咲きをしているのを発見する。

木曽川に沿って歩道を歩く
川沿いには紅葉
金知屋付近で【狂い咲き】のツツジ

対岸の峰の山頂付近は遠目にも紅葉が進んでいる事が判ったが、中腹はまだまだ緑。そして一気に木曽川に切れ落ちた斜面が川の流れと交わる付近で、再び僅かな紅葉が目を楽しませてくれる。

木曽川沿いの峰々は山頂付近が紅葉真っ盛り

 金知屋で左の細い道へ入るが、これが意外や意外県道264号だ。車が一台やっとのような通りでカーブが多く、スピードを出した車がカーブから急に現れたら避けきれないかもしれない。ガードをくぐりカーブを過ぎると、三留野の宿が見えてきた。

金知屋からは左に、県道264号
ガードをくぐりここをカーブすると三留野宿

 与川道の入り口を過ぎると宿場に入っていく。このあたりは古いお宅が多く、本格的な中山道の雰囲気が漂う。しかし三留野宿は明治14年の大火で全戸焼出してしまい、現在あるのはそれ以降の建物ばかりのようだ。

宿場に入ると古い家並みが続く
宿場内を進む

 本陣跡には説明板が建てられており、街の歴史等を知る事が出来た。またこの敷地には見事な枝垂桜の古木が立っていた。春には素晴らしい景色を見る事が出来ると思う。

 今日は南木曽の駅までで、まだ1キロほど歩く事になる。本陣から僅かに進んで右手の下段を下って、家並みの中を進む。

 丁度目印になりそうな場所にパン屋さんがあったが、今日は充実した弁当を持ってきていたので残念だが食べて事はできなかった。

 今日はここで終わりにして、陸橋で線路を越えて駅に向う。本当は陸橋を渡らずに直進するのが中山道だ。次回はここから妻籠を目指す。

本陣の看板が立つ
見事な枝垂れ桜の古木
階段を下る
常夜燈

 駅に到着しトイレを使ったり切符を買ったりしていると、12時20分の電車にギリギリだった。途中で会ったお婆さんが29分と言った気がしので、私はまだまだ余裕で構えていた。一旦改札を通ったのにまた妻が居る待合室に戻ったり・・・もう少しでせっかく間に合った電車に乗り遅れるところだった。

 妻の主治医に南木曽駅のホームから見る【桃介橋】の写真をプレゼントしたかったが、時間が無く写す事が出来なかった。自分で時間を確認しなかったミスだ。

 野尻から車を持ってきて南木曽で自転車を積んでいると、話しかけてくる男性が居た。自転車に興味を持たれていて会話を交わしたのだが、この方は駅前のお土産屋さんのご主人で色々親切に情報をくれた。

 桃介橋の公園で食事をして再び朝と同じコースを、走って自宅に戻った。紅葉狩りの観光客で高速は40キロも渋滞し、お陰で自宅到着は7時になっていた。遊び遊びとは言え5時間もかかる。やはり日帰りでは正味3時間ほどしか歩く事が出来ない。

これからは工夫が必要だ。

南木曽駅から野尻駅に戻る
車窓には南アの白い頂き
国指定重要文化財【桃介橋】
道の駅日義からの木曽駒

2011/02/06(日)

【三留野宿~妻籠宿】6キロ

 前回は駅を最終地にしたため、中山道からは逸れてしまっていた。したがって今回は僅かに陸橋まで戻って駅の裏を通るのが正しいのだが、そんな厳密に考える必要も無いと割り切って戻らずに出発した。駅裏の和合という集落をカットして通らなかった事になる。

 直ぐに妻籠へ向う自然歩道に出会う。この道は線路がトンネルに入るまでの少しの間、線路に沿って進む。線路と別れ山道に入って行くと日陰には先日の雪が残り、カチンカチンに凍り付いていたのでなるべく車に踏まれていない部分を歩く。急坂の神戸坂には誰かが砂を撒いてくれていた。きっと中山道歩きの人のためにやってくれているのだろう。

 こんな状況が予測できたので今日は自転車は車に残したままだ。先ほど国道を歩いているのを私達が車で追い越したご夫婦が、今度は凍った道を早足で私達を追い越して行く。

 私達は急がない。また滑って転倒し骨折でもしたら、笑話の材料にされてしまう。慎重に・・・慎重に・・・。

駅から妻籠宿に向って歩き始める
数日前の雪が凍る道

 神戸の集落は皆、庭木の美しいお宅が続いている。先日の雪で作られたかまくらも残っていた。神戸(ごうと)という集落は木曽福島と上松の間にもあるが、両方とも同じ読みの集落だ。

 集落を抜けて直ぐに分かれ道になるがここで迷ってしまった。カーブミラーに中山道の表示があったが、風に揺れて方向が変わりそうな貧弱な停め方だった。策士が策に溺れ、考えすぎて迷ったのだ。頂いた地図に載っていた【境内にベンチ】が無かったため、直進して坂を下り国道が見えてくるまで進んでしまった。気がついて戻る時には500㍍は進んでいただろう。坂を再び登って戻る。先ほどの地点では橋を渡るのが正解だった。渡ると直ぐに木曽義仲のかぶと観音があるが、想像していたより遥かに貧弱なもので見落とす可能性もある。

 迷った時に・・・ほんの10㍍先を確認していれば、間違って進む事は無かった。

神戸(ごうと)集落は庭木が美しいお宅が多い
かまくら・・・童心に戻った一瞬

重要伝統的建造物群保存地区の案内板が立っている。南木曽はほとんどがこの指定の範囲に、入っているのではないだろうか。街道に沿って次々に現れる小さな集落が、全て宿場としての雰囲気を残していて楽しめる。

美しい石畳を踏んで進むが、ここで江戸から78番目という一里塚を見落としてしまった。綺麗に一対残されているそうだが・・・残念。きっと下ばかり見ていたのだろう。

渡島の集落を進んでいると大きくカーブするところに一軒ポツーンと残されたお宅があり、このお宅の縁側を見て驚く。まるでギャラリーのように飾りつけられていて・・・花が飾られていたが芸術性が高く、まるで高名な華道家の作品のようだった。中山道を歩く人々を楽しませる事を意識しているのだろう。

 それもそのはず・・・先ほどから何組もの街道歩きの人とすれ違っていた。外人さんとも何組かすれ違ったが、やはりメジャーナ観光地だ。妻籠から足を伸ばしているのだと思う。

石畳が綺麗に残る坂
渡島集落
綺麗に飾り付けられた廊下がギャラリーのようなお宅

このギャラリーのお宅は谷が一番低くなっている所にあるので、土石流などの心配がチョット頭を過ぎった。このお宅も庭木が綺麗に整備されている。

 再び雪深い坂を登って行くと妻籠城への分かれ道となるが、今回はお城跡はカットした。コンクリートの坂を妻籠へ下って行く。

幾度か日陰の場所では雪が凍った部分を歩く事に
妻籠城跡を右手に分けて進む

目印の鯉岩が出てくる。もうここまでは2回来ている。番所跡を通り宿場へと入って行った。入り口で振り返ると高札場と水車が目に入る。これも妻籠の妻籠らしい風景の一つだ。シーズンオフとは言いながらやはり観光客は途切れず・・・多くの人が行きかっていた。流石に日本で最初に宿場としての保存に取り組んだ街並みだ。人気のほどが知れる。

当然【重伝地区】に指定されていて、素晴しい街並みなので是非訪れて見て。そしてこの宿場内の宿に泊まる事をお奨めする。

雑踏から解放された静寂が漂う街並みを体感する事が出来るからだ。タイムスリップに感情移入が過ぎると・・・夜などは不気味に感じられる事さえある。

妻籠名所【鯉岩】
街並みに入って行く
振り返って高札と水車のアングルで

 本陣跡には博物館が建てられている。その隣には休憩所があり、誰でもが自由に使用する事が出来る。ここで丁度12時を廻っていたので、持参した弁当を開く。窓や入り口に扉が無く開放感に溢れる休憩所だが・・・暖かい日で助かった。また開放感がありすぎて食事をしている姿を、通りを行く観光客の視線に晒す事にもなる。でも私達はもう慣れから堂々と弁当を開いている。

休憩所の中で民芸品的な木工製品を販売していたご夫婦が、石油ストーブとやかんのお湯を勧めてくれた。実に暖かいもてなしで・・・感謝です。休憩所に立ち寄る観光客の目的は、木工細工をのぞきに来るのと、人によっては休憩所の建築方法と材料を見ているようだ。おそらく木曽ヒノキを使った建物だと思う。しかしどうしても私たち夫婦の奇妙な行動にも興味がありそうだ。観光地で汚いみすぼらしい格好で弁当を食べているのだから・・・不思議なのだろう。猿山の猿のように視線が注がれている。

本陣付近の風景
本陣跡の博物館

【妻籠宿~大妻籠】1キロ

 食後のコーヒーをポットに入れて持参していた。30分ほどの食事休憩の後、再び大妻籠を目指して出発。妻の体調を確認するとまだまだ行けそうで、何より南木曽駅に戻るためのバス時刻が中途半端で無駄に待つ事になる。最悪、歩いて戻る事を想定しながら大妻籠まで進む事にした。

 【枡形】付近と寺下付近は最も往時の面影が残る部分で、数年前にこの近くの下嵯峨屋さんに泊まった事があったので懐かしい思い出が甦る。

馬籠を目指して出発すると直ぐに枡形
枡形付近の宿を俯瞰する

 それにしても素晴らしい街並みだ。シーズン最盛期には後ろから押されて歩くような人波になるので、今の時期が静かでお奨め。

妻籠にもこんな静かな時期があるとは信じられない気もする。

寺下付近は本格的な宿場風景画残されている
民芸調、藁で作られた馬が面白いお宅

街外れの発電所を過ぎると通りを横切って山道に入る。この道も往時を感じさせる趣のある道だ。少し進んで小さな舗装道路に出会うと、左手に中山道の石柱が建っている。道路からは離れた民地の中で、木が視野を遮っているので気がつきにくいかもしれない。再び趣のある山道に入って行くと、左手に県道の橋を望む事が出来る。

大妻籠へは通りを渡って再び山道へ
雰囲気のある山道を1キロほど歩く

神明の集落には石畳の道を進む。僅か数軒の集落だがここも見ごたえのある集落で、やっぱり南木曽は全体が重伝地区だと納得させられる。雰囲気を楽しんだ。

石畳が綺麗に残る神明付近
神明集落も意図的に保存が図られている

山道の坂を下り出合った通りの橋を越えると、いよいよ今日の最終目的地大妻籠だ。決して大きな宿場をイメージさせるものはなく、しかも妻籠のように観光客も歩いてはいない。逆に言うと普通に生活されている方々の生活空間なので、観光客が踏み込んではいけないのかも知れない。奈良井のように商店があるわけでもないので、全く当時を感じさせてくれる最適のスポットである。長野県内の民家でも最も古いクラスに属する建物だそうだ。

大妻籠の核心部
この三軒の家並みは大妻籠のハイライト

うだつのある旅籠や民宿を営んでいるお宅もあるので、いざという時には宿泊先の心配もいらない。うだつのある家並みは風情のある旅を堪能できると思う。

集落の最後の民宿の所で、再び馬籠に向う県道と合流する。ここには大きな庚申塚があるので、目印になった。

県道を横切り向かい側の山道に入って行くのが正しい中山道だが、写真のように雪・・・だったのでもっと暖かくなってから挑む事にして今日はここまでとする。

馬籠への山道は雪で断念

 ネットで調べたバス時刻表には大妻籠が載っていなかったから、きっとコースから外れていると思っていたが、県道を歩いて妻籠に向っていると妻がバス停を発見。何と馬籠に向う山道から数十メートル妻籠側に移動するだけで・・・ラッキー。しかも時刻表を見ると数分後にバスが来る事になっていた。

 タイミングよくバスを利用でき南木曽の駅に戻りついたのは2時。道具を下ろして・・・車に中でコーヒーをゆっくり味わい・・・家路に着いたが、戻りついたのは7時を廻っていた。アプローチが何とも辛い木曽路だ。

運良く目の前にバス停
バス停からの大妻籠の風景

2011/02/26(土)

【大妻籠~馬籠宿】

 ラッキーな事に風のない絶好の街道歩き日和りになる。駒ケ岳が青空に美しく映えていた。気温は10度以下だと思うが、歩くとうっすらと気持ちの良い汗をかくことが出来た。

 大妻籠到着が正午に近かったので、先に昼食を摂ってから歩くことにする。弁当を持たない分だけザックは軽くなった。

 大妻籠の集会所の裏に駐車スペースがあったので、邪魔にならないように置かせて頂く。この位置だとバス停は【大妻籠】より【庚申塚】が近いので、当然馬籠からバスで戻った時は庚申塚で降りた。車を置いた集会所まで10秒、バス料金は600円でバスの時間を計算して歩けば、本当に便利に利用することができる。

中央アルプスの峰々
持参した昼食です。
体形はタヌキですがお稲荷が大好き

 いよいよ雪の峠道に挑む。石畳の上に凍った雪なので慎重に歩を進めて行った。しかし陽のあたる部分の雪はすっかり溶けた状態で、アイゼンなどを着けるとかえって大変だったと思う。この後も凍った場所は何箇所もあったが、それほど危険ではなかった。用意したストックもかなり有効だった。

 途中に何箇所もクマ除けの鐘が設置されていたが、妻が全箇所で打ち鳴らして進む。

大妻籠から山道に入る
クマ除けの鐘

 つづら折れの坂を登って段々の田んぼを抜け、数百㍍進むと最初の集落【下り谷】が現れる。この集落は如何にも街道・・・という雰囲気が残っている。結構清潔に保たれたトイレもあるので、ここで使う。

 また集落にはここで地元の土豪によって落命した、松本藩士倉科某の霊を祀った【倉科祖霊社】がある。

下り谷の集落、手前の石は中山道を表示
右手建物の影に祖霊社が祀られ、
左奥の小家屋がトイレ

 少し進むとベンチのある広場で、滝を経由する道と杉林への道に分岐する。今日は雪道かもしれないので滝の道はやめる。

この森は男垂国有林と言い、山道はその看板のところで車道と合流した。

 国有林の中の道を進むと下に小さな滝が見えたが、あれが目的の滝だったかもしれない。

古中山道・男滝女滝の説明版から下ると滝へ至る

 車の通る道を100㍍ほど進むと、右手に木造の橋が現れる。この橋を渡って対岸に進むのが中山道だ。橋の上は凍り着いていて、非常に滑った。橋のたもとに見えているの建物がトイレ。

 対岸に渡るとまた雪道になり、左には車道が並行して走っている。

橋の上は雪が凍りつき危険
日陰部分は雪が残っている

 【峠入口】というバス停のところで、再び車道を横断する。この場所に石の道標が残されていた。途中にはさわらの巨木がある。

また二本に見えるが実は根本が繋がっていると言うさわらの巨木もあり、【縁起物】にあやかりたいと写真に収めた。

 森の中の道に沿ってずっと石垣が続いているが、古いものなのかは判別できなかった。

 木の橋を渡ると白木改番所に到着する。右手の奥まった場所に説明版があり、木材を厳重に管理していた事が書かれている。

石垣は古いもの?
白木番所跡を通過、
奥には営業中の立場茶屋

 一石栃の立場茶屋の建物は、もの凄く雰囲気があった。茶屋は現在も営業していて、寄りこんでお茶を頂いた。囲炉裏は赤々と燃えている。少し煙い雰囲気がまたまた・・・普段は味わう事が出来ない体験だ。

 管理人さんがお茶と漬物を出してくれ、のど飴も持たせてくれた。頂いた木曽路のパンフレットの写真は、この方の撮った写真だそうだ。

 色々なお話が聞けたが・・・今年は南木曽町でクマを15頭、イノシシを350頭駆除したそうだ。そもそもこんなに生息している事に驚いたが、流石にこの時期は心配要らないと思う。

 10分ほど休憩し御礼を言って茶屋を出発。もてなしの気持ちに感謝し、寸志を忘れずに置きたい。

立場茶屋は営業中
囲炉裏では薪が燃える

 再び森の中は雪道になる。茶屋から15分で峠の茶屋が見えてきた。ここで車道と合流した。

足回りはこんな感じ
峠の茶屋のところが峠の頂上

 峠頂上からは今度は下りが始まって、100㍍も下るとまたまた右手の道に入っていく。所々凍っていた。

峠頂上
右に分岐し峠の集落へ

 峠集落には江戸時代の建物も残されていて、いまだに古い街並みの景観が見ごたえある。

 集落の外れに【峠のお頭の碑】があり、左手に見ながら集落を後にする。のどかな畑の中の道を下って行った。この後何度かお団子を串刺しにするように、つづら折れの車道を横切って中山道が直線的に下っていく。

江戸期の建物も残る峠の集落
畑の中を下って行く

 何度目かに車道を横切る場所にお食事処があり、そのお宅の角から石畳の道に入っていく。もうすぐ馬籠なのでここでザックからポットに入れたコーヒーを出して大休憩にした。

 再び下って行くと県道と交わるところで、右手に水車小屋が見える。

 車に注意しながら道路を横断し竹林の中の道を200m程歩く。また県道と出合うが、今度は県道を進む。100メートルほど歩いて大きなカーブの先の石段を登っていく。

石垣に腰を下ろして休憩
車道から高札場へ向う道

 階段を登りきると集落の中を通って見晴らしの良い場所に到着する。ここは復元されて公園になっている【馬籠上陣場跡】。

眺望が良く椅子もあるので休憩には最適だ。

 この直ぐ下が高札場跡で、そこには駐車場もトイレもあり、安心して陣場跡で休憩にする。

【馬籠上陣場跡】
高札場から宿場の街並みに入る

 トイレを使ったらいよいよ石畳の馬籠宿に入っていく。ここはもう3度目なのでただ通り過ぎた。

 途中に恵那山を望む喫茶店や、中津川の街を見下ろすビューポイントがあるので、確り堪能しながらくだろう。

 木曽路の一番南に位置する宿だが、県としては岐阜県になる。数年前に住民投票を実施し、町民の意思で岐阜県側の中津川市に吸収されたことは記憶に新しい。全国的にも珍しいケースだ。なので木曽路なのに岐阜県に所在する形になった。

石畳が続く宿
距離が刻まれた石柱

 枡形を過ぎると大きな交差点と出会う。JAのスーパーがあるので、ここで美濃路の地図をもらおうと思ったが・・・。いい地図があったのだが在庫がないそうで貰えなかった。さすがに・・・あつかましく掲示してある最後の一枚を持ち去るわけにはいかなかった。

 通りに沿った場所に駐車場があり、妻籠へのバスはここから出る。トイレもここにある。

 確認すると15分も待つと妻籠行きのバスがあった。暖かい日だったので妻だけを残して私はバスに乗って車を回収に向かう。

 乗客は私一人で運転手さんと話しながらのバス旅。途中の峠で運転手さんがバスを止めてくれて、綺麗に映える駒ケ岳をたっぷりと堪能させてくれた。【庚申塚】バス停までは20分程だった。車を回収して妻が待つ馬籠の駐車場に到着したのは3時半。

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