梅雨前線停滞、豪雨の中の・・・宮之浦岳
平田影郎
何とも運がないというか、前世で何かあくどい事をしたのか、雨の屋久島になってしまった。前日に一日様子を見たのが失敗の元。 実は前日は朝のうちは悪かったものの、8時ごろからは天候が回復して勿体ない日に。心配したことが現実になって、余計に諦めきれない。逆に日程的に余裕がなければ前日に挑んでいたはずで、何が転機になるか分からないのが人生でもある。 ホテルにお願いして朝食を弁当にしてもらう。一晩中まんじりともせずに過ごしていたが、3時半に起きるまで雨の音がすることは無かった。少し期待感を持ってロビーに降りて行くと、途端に土砂降りの雨。起きた以上は止められないし、日程的にも行くしかない状況。ずぶ濡れになりながらザックを車に積んで出発した。 どうしても雨が強くて登山が無理だったら6時に出発する荒川口まで行く最終バスに乗って、縄文杉でも見に行こうと思っていた。 ところが4時45分ごろに到着した淀川口は一台も車が無くて、情報収集が全くできない。この雨で行けるのか、それとも不可能なのか・・・迷っている間に時間は5時を回っていて、6時のバスまでに戻るのは不可能な時間になっていた。もう宮ノ浦岳に向けて出発するか、それともすっぱり諦めて今回は観光で満足して帰るのか。 一台の車がやってきてご夫婦が、行くか行かないのか迷っている様子。さらにタクシーで若者がやってきた。トイレの軒下で雨宿りしているので、話しかけてみた。今日は新高塚小屋まで行くとか。それにしても土砂降りの中は出発できずに迷っている。ご夫婦は帰って行った。だが若者は出発した。 私はまだまだ決断できずにいた。そこへお客を連れたガイドさんがやってきた。話を聞くとピストンで戻ってくるらしい。そしてもう一人客を連れたガイドさんが。このパーティもピストンだという。雨でも止める様子は無い。私の心は決まった。責任あるガイドが行けると判断したということなら・・・大丈夫に違いない。 悪い事に5時45分ごろに雨が小降りになってしまった。これだと【行く】という判断意外に有りえない。 淀川小屋でタクシーの若者に追いついた。夕べ小屋には6人ほどが泊まっていたらしく、最後のカップルが出発していった。私はここで朝食にしたが、宿が外注して届いた弁当が、あまりに不味い。酷い話で・・・これはぽったくり以外の何物でもない。 心配していた淀川は確りした橋があって全く心配いらなかった。水位はまだ1メートル近く余裕があった。あれだけの雨でこの水位なら、長雨でもない限り心配いらないようだ。
とにかくガスで周りの状況が確認できない。登山道はまるで川になっていて、道を外れる事だけは防止しようと神経を集中した。 水が流れた跡が道のように見えるらしく、屋久島では道迷いが結構多いらしい。 一度、【花之江河300㍍】の看板からしばらく歩いても到着せず、不安になって戻ってみた。そしたら道に間違いは無く、ただ単に300㍍進んでいないだけだった。それもこれも回りが見えない事による精神的な圧迫の影響だ。 小花之江河も花之江河も全く何も見えない。唯一救いは雨がやんでくれたこと。でも間違いなくいつかは降ってくる。何とかこのままの天候であってほしいが・・・何時降るか、何時降るかと心配しながら歩いていた。 最悪の雷だけは来ないでもらいたい・・・しかし天気予報では間違いなく来るはずだった。
数か所にロープが設置された場所もあるが、総じて危ないところは無い。大した上り下りではないものの、ほとんど【登った分を下る】ようなアップダウンの繰り返しで、帰路の大幅な時間短縮は出来そうにない。雨は仕方ないにしても雷だけは・・・。 本来、奇岩で楽しいはずのコースは全く視界が無くて、ただ黙々と雨と戦うのみ。やっぱり楽しくは無い。ポツリポツリとシャクナゲが咲いていて、おそらくは固有種で、これが花の百名山の所以だろうと思う。
稜線に出ると・・・心配していた雷はならなかったが、代わりに恐ろしいほどの強風。煽られてヨタヨタするほどの風だった。知らないうちにザックカバーが飛ばされていて、ザックは中まで濡れていた。しかし内側にビニール袋でパッキングしてあって中身は確り保護されていた。 宮之浦岳30㍍の看板があり、それを私は300㍍と読んでしまった。ところが山頂には1分ほどで到着したもんだから、『これは正しい山頂ではない』と判断してしまった。だが他のピークを確認できるほどの視界は無く、もうここでいいや・・・と半分諦めモードで戻る。そしてもう一度例の看板を見直すと・・・30㍍と確認。あそこが山頂で良かったようだ。 帰路では追い越してきた人、ガイド付きの登山者・・・20人ほどとすれ違う。淀川小屋に戻る人がいるというのは何より心強い。 何か事故があっても後続者に発見してもらえる。道迷いとスリップだけに神経を集中して戻った。
とうとう淀川小屋に戻るまで雨に降られず、全く休憩を取っていなかった付けが一気に出た。淀川小屋で食事にしようと頑張ってきたが、ほぼ限界であったことも事実。パンを口に入れ始めたら、急に大粒の雨が落ちてきた。30分は休もうと決めていたので、食事をしながら待つが・・・。 とうとう30分間小屋の中まで吹き込むような豪雨。止む気配は無く豪雨を突いて出発した。 小屋から登山口までは30分ほど。当然全身ずぶ濡れで、とても車に入ることもできない。トイレの軒下で着替えていると、私の後を追って小屋をでた10人ほどのパーティも降りてきた。このパーティは【投石】で諦めて戻ってきていた。 それにしても凄い登山になってしまった。過去の私の3本指入る荒行登山。台風の甲斐駒、猛吹雪の月山、そしてこの梅雨前線停滞豪雨の宮之浦岳。 長い長いと聞いていたが、好天ならコースタイムとしては特に辛い距離ではない。それにしても好天に登るチャンスは、二度と訪れることは無いだろう。宮之浦岳からの眺望より、縄文杉を見ていないのが残念だ。