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釣行記ー29 新潟 関川・大石西俣

新潟 関川・大石西俣

飯豊連峰 大石川西俣

《杁差への登山道は平坦》

ダムサイトの駐車場に止まっているパジェロから降りた3人は、ザックを背負って歩き始めた。

今午前5時、夕べ8時に本庄を出発してから一睡もしていないのに、3人とも快調な足どりである。これから6~7時間は歩きづめに歩いて、昼ごろまでには大熊小屋にたどり着きたい。

ダム左岸の道は滝倉沢まで舗装されていて、とても西俣の厳しさなど連想できない。

橋の手前に登山記録のノートが置いてあるので、中を見ると3日前に釣り師1人入山。 ‥‥が、既に昨日下山している。

『チャンス』『ラッキー』 3人は大はしゃぎ。橋を渡り終えると、そこからは本格的な登山道となり、西俣川ぞいに大熊小屋を経て、杁差(えぶりさし)岳へと続いている。

道はだらだらの上り下りを繰り返しながらも比較的平坦である。黒手沢あたりから、はるか、下方にゴルジュを望むことができる。   

『こんなとこ、本当に川に降りられるんですか?』と素人。『大丈夫、小屋まで行けば道と川が一緒になるから。』と私。

こんな会話をしながら進んでいると、先頭を歩いている私の後方から突然『ギャーッ』。 振り返ると素人が『 へ び ! 課長、今、へび踏むとこだったよ。』と言う。

鉄人がすぐ草むらを足で払って確認すると「黒マムシ」だという。見ていない私はちっとも怖くない。

絶対足もとは見ないようにしている。ゴルジュの中で1時間も歩くとザックの重さも気になりだし、少し休むことにする。とタイミングがいいことに、水掛沢付近で一か所だけ道と川とが近くなっているところを発見。

わずか20メートルも降りると竿が出せる。もう我慢できない。ちょっと様子が見たい。「休憩のつもりで釣るか。」 よせばいいのに・・・・・。

三人がそれぞれ別れて釣りだすと、これが釣れる、釣れる。あっと言う間に7・8寸が5匹もでた。今、自分が渡床した場所を流してもすぐ飛びついてくる。

鉄人に「でたかい?」と声をかけると「ええ、7・8寸が六つほど」。さすが西俣、来たかいがあった。このまま釣り上がることにするが、やはりポイントごとに良型がでてくる。

大物はでないがおもしろいように釣れる。もう三人は夢中になって釣っている。しかし時間はどんどん経過していく。ほんの休息のつもりだったのにゴルジュの中を大分進んでしまった。

時間のロスを考えるともう引き返すことはできない。「上流のロボット小屋付近で、また林道に戻ればいいや。」 途中3メートルの滝がある。滝の直登も考えられた。が両岸から岩がせりだし川幅が狭められて水勢がつよく、結局高まくことにした。

トップで鉄人がクリアしザイルをおろす。続いて素人が登る。二人が登ったところでザックのピストン。

最後に私が登って行って何とビックリ。岩壁はもっと上までそそり立ち、先に登った二人は途中の木に掴まっているだけだった。

素人なんか恐ろしいことに木に掴まった状態でザックを三つも抱えているではないか。

ザックを置く場所もないような、垂直な岩壁の途中に生えた木に掴まっての高まきとなってしまった。

疲れも出てそろそろ魚が
ゴルジュの中を軽快に進む

《大熊小屋遥か》

西俣ならこれぐらい当然だろう。」と遡行は続く。あいかわらず8寸岩魚が飛び付いてくる。

 「そろそろ昼メシ用をキープしようかね。」「一人三びきね。」なんて快調そのもの。

でも林道に出てから大熊小屋までの時間を考えると、そろそろ林道に戻りたい。両岸がとてつもなくきり立った岩壁ではどうしようもない。ロボット小屋はまだ先か?

イズダチ沢を過ぎると目の前を大岩がふさいでいる。岩に上って見るとその向こうは先程以上に水勢がある滝。前も滝、後ろも滝でほんのすこしだけ「釣ってる場合かよ。」と思う。

本当はここで引き返し入渓点まで戻ればよかった。結局数時間後、高まいた滝に飛びこみ泳いで帰る事になるのだから。

大渕を越して
次の障害に向かう

よせばいいのに・・・・。我々三人はイズダチ沢から林道へのルートを選んだ。はるか高いところに、林道と思える木立の切れ間が見える。

「こりゃ厳しいなアー。」と思ったが他にルートも無いからしょうがないか。「なんとかなるだろう。」

イズダチ沢に入っても8寸クラスが、人影を感じてはスーッ、スーッと走っている。本当に魚影の濃い川だ。

まだ三人とも「来てよかった」と思っている。短い距離で100メートルも登るのだから、この沢の厳しさは「ハンパ」じゃない。

2・3メートルから5メートルぐらいの滝が連続する。トップで鉄人がクリアしザイルをおろすと何度も繰り返し、どのぐらい進んだろう。「ギョエーッ」我々の選択は間違いでした。ゴメンナサイ。

なんと三方が空も見えないほどにそそり立った岩壁にふさがれていて、沢は天から落ちて来るような滝になっているではないか。

《挑戦》

全員が思わず「ウワァーッ」と声を発した。なんと沢はここで行き止まるかのように、天から落ちる滝となって岩壁の奥へと消えている。この滝の下にもすばらしい釜があり、きっと大物がいたことだろう。

しかし、だれももうそんな余裕は無い。この先どうしたらいいんだ。林道まではまだ6~70メートルもあるにちがいない。

最初の草つきこそまだ角度はゆるやかだが・・・。それでも75度はあるだろう。10メートルも上ると岩壁は完全に垂直である。装備は25メートルの6mmザイル一本。

リーダーとして私は「撤退」の決断をすべきだった。しかし、トップがクリアさえすればと考えていた。ゆるされない過ちである。

鉄人がアタックを開始した。25キロもあるザックを背にしたまま・・・。25メートル付近まで上った鉄人が、木にザイルをしばり下に降ろした。

そしてさらに横にヘツりながらアタックを続けて行く。

続いて素人がザイルを頼りに上った。25メートル付近から素人も潅木(かんぼく⇒低い木)に掴まりながらヘツりだした。しかし素人の右上方で鉄人は、支持点が見つからず完全に立ち往生していた。

下から声をかけると、「ダメだ」と言う様に首を振っているのが見えた。

この時、上では鉄人が素人に「これ以上無理だから戻れ」と声をかけている。ザイルから相当離れてしまった二人は、進むに進めず戻るに戻れない状況に陥ってしまった。

それでも二人は岩壁と懸命に戦っている。私は完全に行き場を失った二人を、下からただ見ているだけしかない。

実に苦しい時間が続いた。じっと耐える時間が続いた。私の頭の中では色々な想いがかけめぐった。最悪のケースも頭をよぎった。

こうした状況が改善されようとしないまま続く。

だがやっと状況が動き出した。再び鉄人が上りだし潅木帯の中に消えて行ったのである。一方素人はヘツりながらザイルに戻ろうとしている。私は必死に声をかけた。

「左の木に掴まれ!」「木がしなるからザイルのところへ降りれるはずだ」などと・・・。やっとの思いでザイルにたどり着いた素人は、何とか無事に戻ることができた。

素人に鉄人は「何とか上りきる。」と言った。確かにあそこからでは戻る事は不可能だったろう。

 「鉄人なら大丈夫だ。やつならやってくれる。」私はそう信じていたが、しかし、目に見えない状態が長く続くと不安は募る一方だ。下から二人で声をかけるが、ロケーションが悪すぎた。

鉄人からの声は滝の水音でかき消されてしまうのである。

《九死に一生》

やりきれない時間が続く。いたたまれない時間が過ぎて行く。私は救助に向かう必要があることを想定し、素人の制止を振り切ってザイル回収に向かった。

“行きはよいよい 帰りはこわい” 帰りはザイルなしで、一つ一つ支持点を探しながらのフリークライム下降だった。

どんなに危険であろうと二次災害が起きようと、私にはそうしない訳にはいかないリーダーとしての責任のほかにもう一つの理由がある。

それは平成4年の春、佐梨川のゴルジュを下降している際の出来事だった。先に途中のテラスに降りた鉄人に続き私が降りて行くと、足をかけた木が突然折れてしまった。

滑落しだした私に鉄人は、自分も一緒に谷底に落ちる危険を冒し、抱きついて止めてくれたのである。二人でテラスから谷底をのぞいて見ると、十数メートル下、岩盤の上を水がチョロチョロと流れているだけだった。

落ちていれば完全に命はなかった。鉄人の自分を捨てた行動によって、私は今ここにいることができた。だから全知全能で彼の安全を確保しなければ・・・。

この枝沢の狭いゴルジュの中では、いっぱいに後ろに下がってもせいぜい5メートル。後ろの壁に背中がすぐついてしまい、途中の潅木帯に視野が遮られてしまう。

上の様子は全く知ることができない。二人は懸命に声をそろえて呼びかけ、上の状況を知らせてもらおうとした。しかし・・・。

もうこの壁に鉄人がとりついてから30分も経過したろうか。突然「パンパンパパーン」と爆竹の音が谷間に響きわたった。

この音は何を意味するのか。「よし、救助に向かおう。」と私は決断した。

この時私は不思議なほど落ち着いていた。「少なくても両手を使える状態であることだけは確かだ。」と踏んだ。「どこか壁の途中で動けなくなっているのであれば、ザイル一本で救出できる。」と確信した。

素人には今後のこと、私に事故があったらとにかく沢を下り、入渓点まで戻るように指示し壁にとりついた。

先程ザイルを張ったルートから2~30メートルも下ると、比較的壁の下のほうまで潅木が生えている場所がある。

私は咄嗟にそのルートを選んだ。素人を踏み台にして最初の支持点を得ると、あとは何とか3点を確保できそうである。

岩壁を、また潅木の中を懸命に上った。1秒をあらそうように。この時の私の素早さを、後日素人が笑いながら話す。「あの時の早さは普段会社でモタモタしている師匠からは考えられない。」と。

途中枝が折れて落下しそうになったり、支持点がなく木から木へと飛び移ったりと・・・。40メートルも上ったろうか。鉄人の声が聞こえだした。

なる程、もう滝の音は大分小さくなっている。また進むともうはっきりと言葉が判った。

「大丈夫だからそれ以上来ないでください。」と鉄人。「上についたのか?」「林道にでたのか?」

「でました。大丈夫です。」「わかった。じゃ素人さんをつれて戻るから入渓点で会おう。」

《撤退》

下から素人が呼びかけている。「鉄人さんが上に見えます。大丈夫そうだから降りてください。」

「わかった。いま降りて行く。」と返事をしたが、どうも聞こえないらしい。

何度も何度も呼びかけてくる。私は慎重に下降しだした。上りは二回も枝がおれた。まったく肝を冷やしたが、下りはもうゆっくりでいいのだ。潅木帯をぬけるとあと10メートル程だ。

素人が私をみつけてホッとした顔をしている。最後の壁はより慎重に支持点を探した。ここまで来て落ちたくはない。「10メートル」はこんなに恐怖心が沸かないものなのだろうか。「さっきの高さに比べればなんてことはない。」とつい思ってしまう。

下に降りると確かに鉄人が見える。なんて逞しい男なんだ。林道から手を振る鉄人を見て私は一気にひざの力が抜けていくような気がしたが、気持ちを奮い立たせおもいっきり手を振ってこたえた。

まだこれからなのだ。沢を下って安全に帰らなければ。二人は歩きだした。小さいながらザイルを引っかけるところもないゴルジュの中の滝は、本当にやっかいだった。

まず私がザイルを確保して素人をおろし、その後私がフリーでおりる。これをいくつ繰り返したろうか。本流に出ても高まいた滝がある。でももう高まきはゴメンだ。力も残っていない。

素人に「泳ぐぞ」と話し、ザックを釜にほうり込ませ飛び込ませた。冷たい流れはむしろ我々に「渇」をいれてくれた。

入渓点では鉄人がすでに汗でグッショリの衣服を脱ぎ捨て、我々の到着を待っていてくれた。

鉄人の無事な姿が目にはいったとき、思わず目頭が熱くなる自分を感じた。無事であることはすでに確認していたのに・・・。私は釜の泳ぎで濡れてしまったタバコを握り潰し、新しいタバコをザックの中からとりだして火をつけた。長い間タバコを吸うことを忘れていた。

私が吐き出した煙りは、青空の中にゆったりと揺れながら消えて行った。

緊張から開放され一気にお腹も空く
10年程後、イズダチ沢を感慨深く望む鉄人

《エピローグ》

岩壁を上って行った鉄人に、大自然は本当に厳しい試練を課した。途中で自分を落ち着かせようと、二回も歌を歌ったという。

林道に出る手前では、壁は垂直どころかオーバーハング。絶対絶命の時、信じられないことに岩壁の真ん中に一本の木の根が出ていた。

このわずかな大自然のいたずらが彼を救った。岩を砕いても根を伸ばす樹木の生命力・・・。なんと逞しい営みだ。

大自然が課した苛酷な試練から、したたかな自然の営みが鉄人を救った。やはり人間は大自然の中では一つの生命体にしかすぎないのだ。自然を征服しようとするなんておこがましい。

むしろ大自然に翻弄されながら生きていかなければならないのだと実感した一日だった。また帰ることができた。

帰してくれてありがとう。

西俣に沿って登山道

釣 行 者   素人・鉄人・師匠 
釣 行 日   平成7年 6月30日
交通ルート   新潟県荒川村からR113を小国に向い、越後下関駅を過ぎて大石川手前を右折する(大石ダム方向へ・・・看板あり)
地 形 図   杁差岳 二万五千分の一
安 角 〃

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