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旅あれこれ 東北22【再びの山寺と喜多方】

再びの山寺と喜多方、大内宿

2006/09/23

 5年前の冬の山寺はそれはもう大変でした。千段以上の石段はほとんどアイスバーンの状態で、妻も娘も何度も転倒しましたし、大汗をかいた身体は冷え切ってしまい戻ってから風邪で寝込んでしまいました。周りのロケーションを楽しむ余裕などあるはずもなく、記憶に残っているのはすべてモノトーンの風景です。ですから今回の山寺を妻は本当に楽しみにしていました。
 
 前日の夜出発し途中愛車フレンディーで仮眠をとりました。山寺には9時に着きましたがすでに大勢の人が登り始めています。根本中堂で楽しみにしていた御朱印をいただきましたが、見てガッカリです。上手い・下手ではなく乱暴な殴り書きと言いたいモノ、信仰心だけではなく芸術性に魅力を感じて集めている人もいるのですから・・・心が全く感じられません。金乗院も奥の院もです。中性院などはスタンプです。全くあきれてしまいます。少しは真面目にやれ!
 
 ゆっくり登ったのに奥の院に着く頃の妻は、すでに筋肉痛でした。戻って五大堂からの眺望はやはり圧巻でした。心地よい風が堂内を吹き抜け、ほてった身体を冷ましてくれました。あまりの気持ちよさにしばらく山寺の町並みを俯瞰していました。釈迦堂を見上げると僅かに色づいた木々がアクセントとなり、まるで一幅の絵になっています。納経堂と下界を半々に取り込むアングルは私が一番好きな構図です。何度撮っても飽きることはありません。下りは前回ほどの心配はいりませんが、それでもすでに筋肉痛の足ですからそれなりに慎重です。阿弥陀堂の前で妻が【夫婦地蔵】を見つけました。説明書きには“いつまでも一緒に居られる”と書いてありました。私たちにとってこの言葉が“天の声”であればと願うばかりです。

【根本中堂】
【蝉塚付近を行く】
【一番好きなアングル】
【夫婦地蔵】

 お土産屋さんで力こんにゃく(玉こんにゃく)を食べました。味がしっかりしみ込んでいて本当に美味しいこんにゃくでした。味噌田楽も好きですがこれはこれでなかなかのものでした。一本の串に玉が4個ついていましたが、お変わりして食べてしまいました。一本100円です。
 
 今日はどこに泊まろうという当てもありません。いつも通り行き当たりばったりの旅です。少し遠くになりますが喜多方の『蔵』を見に行く事になりました。11時に山寺を出発し3時間ほどかかり14時前に着きました。地図を持っておらず自分が何処にいるのかもわかりません。たまたま道を尋ねた方がボランティアの案内人でした。妻の体調を考えてゆっくり歩きたかったのですが、断るには勇気が要ります。でも親切に案内していただいたお陰で、二人で見物したのでは見る事が出来なかったものや珍しいものを見せていただきました。写真の鍵穴は泥棒対策の職人技です。どうすれば鍵穴が現れるのかわかりますか。

【低い屋根】
【防火対策の扉】
【お宝鑑定団に出品したい看板】
【お店として利用】

 写真の蔵は典型的な喜多方の蔵です。窓に鉄格子か入っています。妻でも屋根に手が届きます。

 江戸時代は皆身長が低かったのです。こんな説明を無料でやってくれます。頭が下がります。しかし土曜というのに行きかう人は疎らで通りで会うのは同じ顔ぶればかりです。お店もシャッターを下ろした状態でまるで活気がありません。川越を対象にしては無理が有りますが、町おこしとして何が違うのでしょうか。

【鍵穴は無いが】
【出てきた・・どうして】
【典型的な喜多方の蔵】

 泊まれる場所を探して移動します。しかし会津若松を過ぎてしまい、せっかちの私が運転する車は明日の予定である大内宿に着いてしまいました。5時になろうとしているのに団体の観光バスが入ってきました。私たちも一緒に入って行きました。しかしもう閉店の準備でおおわらわです。ガタガタと雨戸を閉めています。開いている店でそば団子や饅頭のテンプラを求めました。残念ですが蕎麦屋は開いていません。ネギの棒で食べる蕎麦はお預けとなりました。どうしてこんなに早く閉めるのか聞きました。人を雇ってやっているので5時に閉めるのだそうです。なるほど理解できました。私も5時以降に働きたくありません。街並みフェチの私としては一遍見ておく必要が有りましたが、この街並みはこれで十分です。

【会津は蕎麦どころ】
【やっとあいている店を見つけた】
【5時というのにこの人通り】

 結局、会津西街道を栃木県に抜けて今市、足尾・・・と走り抜けて帰りました。妻は大分疲れてしまいましたが、チャングムを見る事が出来ました。愛犬は弟の家に出かけていて不在でした。

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