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旅あれこれ トラブル集6【カメムシ物語】

カメムシ物語

かめむし物語
02.10.26

今年ほど山歩きを楽しんだ年は無かったでしょう。それぞれの山行が期待に違わぬ満足を私に享受させてくれました。

決して俗にいう百名山と言われるようなメジャーな山ばかりをターゲットにしたわけではありません。

どちらかと言うとむしろ妻の湯治にあわせたり、連休でもすいていそうなマイナーな山を選んでの結果でした。

極楽浄土のような花畑、乳白色の湯、ふれあう人々の優しさ、適度の緊張感そして心地よい汗、さらには同行する友。

特に今年は家族をダシにして山に行けたのが大きかったと思います。妻の湯治や家族旅行です。

ところが・・・うまいシルを吸おうとした最後の湯治で事件は起きてしまいました。10月26日の土曜日から11月4日まで日程があいた妻が玉川温泉に申し込みをすると、5人の相部屋ならあいているというので早速予約をいれました。

ただどうしても26日の土曜だけは紅葉シーズンでもあり部屋をとることができませんでした。

1日でも多く岩盤浴をやりたかったことと、送っていく私が日曜日だけで埼玉と秋田を往復するのは過酷すぎて、土曜日は八幡平付近の他の宿に泊まり、翌日早めに妻を玉川に送って昼前には帰る予定が出来上がりました。

26日の宿は簡単に見つかりました。玉川から20㌔ほどの距離でアスピーテ ラインの秋田側の入り口に位置する銭川温泉です。

それにしても紅葉がウリの八幡平にあって土曜日に簡単に予約が取れてしまったこの温泉、不思議でしたが背に腹は変えられません。

10月26日、妻と私は昼過ぎに玉川温泉に到着し、予定通りの岩盤浴と源泉浴です。

5時には駐車場を閉め出され予約していた銭川温泉に向かいました。夕方から降り出した雨は本降りとなり、せっかくの紅葉もこの雨で葉が落ちてしまうかもしれません。

玉川から鹿角に向かいアスピーテラインの入り口を過ぎると右手にはトロコ温泉があり、さらに少し下ると左手に除雪ステーションがあります。銭川温泉にはここから河床に下って行きます。

曲がりくねった暗くて狭い道を慎重に5分程下って行きますと、木立の中にボンヤリと灯りが見えました。ホッと息をぬく瞬間です。

谷間の木立の中にひっそりと・・・本当にひっそりと銭川温泉はありました。玄関のガラス戸から漏れる灯り以外はなにもない、異様な静けさはかつて経験したことがありません。

稲川淳二が“夜寝ていると何かが出てきた”とテレビで言っていた宿かもしれないなー・・・もしかして。

20台は止めることができる駐車場に、自分の車以外にわずか1台。この紅葉真っ盛りでどの施設も満室なのに・・・不安に駆られた私は妻を車に待たせたまま玄関に入って行きました。

「ごめんください」と何度も呼びかけたが応答はありません。仕方なく靴を脱いで廊下の右の灯りがついている部屋のガラスをあけて、また大声で呼びかけます。するとヌーッとものかげから・・・・・私は思わず息を呑みました。

が・・・よく見るとなんてことはありません。90歳にはなろうという足の不自由なおばあさんがあらわれて

「今だれもいない、耳が遠くて」  「予約した平田ですけど」「すぐ来ると思うけど・・部屋の番号は聞いているから、どうぞ入って」

それにしても何か不安感を消すことができません。何かがおかしい。長年のカンがおかしいと言い続けています。

車に戻ってこのままこの場所から立ち去りたい衝動に駆られましたが、さりとて行く宛もありません。八幡平はすでに冬です。寒さは妻の身体には厳しすぎ、そう考えると戻るしかありません。

荷物と妻を携え再び玄関に足を踏み入れました。

「部屋は210号室だから」  「風呂は入れますか?」

「はいれるの。いい湯だよ」

電気すら点いていない階段をあがり・・・210はすぐに見つかります。襖の戸をあけると中からは臭気が流れ出し二人を包みます。

窓を開けようと思い私は部屋に入って電気をつけました。

数秒の後、暗闇に目が慣れた私が2・3歩窓に歩み寄ると“おや?”何か壁の上を動く小さいモノに気がついたのです。

“何だろう?”目を凝らしてよく見ると虫です。そこから1㍍離れた壁にも一匹、足下を見ると畳にも一匹、見回すと更に離れた壁にも一匹、天井にも一匹。私はバッグからテイッシュをだすと虫を捕りました。

その行為に気づいた妻が「おとうさん・・何?」  「虫だよ」と言って振り返ると妻はもうそこにはいませんでした。

2・3匹も捕ったとき妻が部屋に戻って来ました。

手にはスプレー式のバルサンが握られています。それはそれは驚くほどの早業でどこで見つけてきたのか不思議でした。

それを受け取るやいなや私は懸命に虫を追いかけました。壁、畳、天井、逃げ回るヤツにねらいをつけてシューッ・・・と。しかし・・・無駄でした。

一旦動きを止めるものの直ぐにまた這いずり回るのです。もっと無駄だったのは・・・薄暗い部屋に目が慣れて・・・見れば見るほど数が増していくのです。

長押(なげし)の上には詰めてもらっても一匹分の隙間もないほど、行儀良くきちんと並んでいるではありませんか。数百匹です。ありとあらゆるところにヤツがいて・・・鳥肌がたってきます。

こんな部屋に泊まることなど到底できません。

「いない部屋はないのかしら」

あるはずはありませんが一応隣の部屋も覗いてみました。電気を点けると・・いるいる。この気色の悪さは夢にまで見そうです。下に降りると婆さんは一人ポツンと座っていました。

「おばあちゃん、虫がいっぱいでとてもねられないよ!」  「耳が聞こえなくてね」

そうこうしているうちに奥さんが戻ってきました。

虫が沢山いて、バルサンかけても死ななくて、隣の部屋にもいてと説明すると、奥さんはいとも当然のように「暑い日が続いてかめ虫が大発生してしまった。さっきも20匹程捕った」だから我慢して泊まれとでもいうのでしょうか。

確かにかめ虫の大発生はこの宿のせいではなく、せっかくの客に逃げられるこの宿は可哀想です。

でももっと可哀想なのはこっちの方です。この雨が降る寒空に泊まる宛もない境遇に追い込まれようとしています。

どうしてくれるんだ、妻は病弱なんだぞ・・と誰に文句を言えばいいの?

形は亀の甲羅のようであったし、潰すと悪臭を発していました。ところでかめ虫は噛んだりするのでしょうか? だれか知っていたら教えて。

山の中で熊が出てきそうなところでも大いびきで眠る事はできますが、マムシとスズメバチとかめ虫の中では寝ることができません。 

嗚呼・・今回の湯治はどうなる事やら。行く末を暗示するような銭川温泉の出来事でした。

近くのペンション絵の具箱にやっと落ち着く事ができ、急場はしのぐことができました。ここでも妻は部屋に入るや否や黒いモノを見つけて、ネジでも・・壁のシミでも「かめ虫!」と叫んでいました。

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