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旅あれこれ 関東11【殖産興業の礎は世界文化遺産を目指す】

世界文化遺産を目指す富岡製糸

2008/03/02

 何時もの通り思いつきで出かけてしまいました。結局富岡製糸にしました。何となく空いていそうでしたから・・・。予備知識は全くありませんでしたが、ちょうどボランティア解説員さんが案内してくれるという時間ピッタリに到着です。リタイア前は学校の先生(?)タイプの関口さんは知識豊富で、よくもまあ~次から次に間違いなく・・・と感心するほどです。永年やっているのかもしれませんが、結局は・・・好きなんでしょう、富岡製糸が。ですから知識の蓄積も負担にはならないのでしょう。本気で世界遺産に登録される為に活動されている姿に触れると、『どうでもいいや』と思っていた私も『頑張ってください』と心の中で願っていました。

 別のグループと重なった時に他の解説員さんの話を聞いていると、説明している数字などに大きな違いがありました。一般の人が相手でしたらそれで良いのかもしれません。どうせここを出るときには忘れているのですから・・・。ハード的な数値はあまり覚えていられない性格なんです。

 建築物としての価値は奥が深いんですよ。まずレンガの積み方はフランス式です。縦と横が交互に積まれる方式です。柱の束石(台の石)は○○から馬車で運ばれた云々・・・はっきり言ってほとんど覚えていませんが、すごい価値があることばかりです。フランス人の手によるもので当時としては無論のこと、現代においても素晴らしい歴史遺産だと思いました。

 また日本の産業の礎として教科書で勉強したはずです。殖産興業の一つとして・・・世界の列強と肩を並べる第一歩を踏み出した証としての遺産なのです。説明を聞けば聞くほど近代日本の発展を象徴する建造物だと納得できます。

 官営から三井財閥、さらに原財閥、片倉財閥と受け継がれ昭和62年役割を終え、操業を停止しました。現在は富岡市の管理となっています。
 
 ブリューナ館も当時としては至れり尽くせりの施設だったようです。この工場で働く女工さんの人生を刻み続けてきたのです。ステータス・・・当時としては別格の福利厚生だったのでしょう。本来はブリューナの生活スペースだったようですが、女工さんのためにカルチャー教室などに開放したようです。

 あの【野麦峠】に登場する女工さんたちのような辛苦は、この工場で働く女工さんには無かったようです。同じ片倉工業が経営した時代があったのに・・・です。

 見ておいてよかったな~~と思いました。でも桜の時季ならもっと良かったかも・・・。2時間ほど滞在し表に出るとボランティアの奥さん方が、空き地にテントを建てて湯茶の接待をしておられました。

 遠慮なく呼ばれました。ちょうどお昼になっていましたので、炭酸饅頭を2個買い求めお腹を満たしました。サービスでお漬物を出してくれました。美味しかったです・・・世界遺産になりますように応援することにしました。

正門
完成は明治5年、維新の翌年
解説員さん
東繭倉庫を抜け中庭
多くの見学者
全て人力の時代に
ヨーロッパ調
採光は抜群、当時ガラスは貴重
繰糸場の梁、柱を必要としない工夫
ブリューナ館は高床

 マーケットで弁当を買い求め、お湯をいただいてスープなどを飲みました。お腹が満たされると・・・次は何処にしよう。『ここの氏神様は【貫前神社】で、珍しい造りだ』と聞き込みましたので、早速行って見ます。

 何が珍しいのか・・・本殿が二階造りで、御祭神の【経津主神(ふつぬしのかみ)】を祭る神座が二階になっています。この造りを【貫先造り】と呼ばれています。現在の社殿は三代家光によって造営されました。本殿に下って行く神社は私は初めてかもしれません。総門まで登り返すと富岡の街が目の前に拓けます。このパノラマも結構イケます。

本殿には下って
重要文化財の本殿を飾る
楼門
富岡の街を俯瞰

 今回は見学しませんでしたが【群馬県立自然史博物館】が富岡にあります。子供たちを連れて何度か行きましたが、内容が濃く教育的な観点からも優れた施設です。本当に時間がたつのも忘れるほど楽しみながら学習できます。機会があったら是非お立ち寄りください。

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