朝、いつも通りにウオーキングのつもりで着替えて、出かけようとするとやんでいた雨が降り出し。
結局、ウオーキングは2日連続の中止。
今、395㌔なので今日明日と3キロずつ歩けば400キロで、中山道完全踏破のノルマに追いつく・・・。
と思っていたのに、明日の3キロだけでは400㌔に届きません。
昨日、梨を送ってくれた福井の友にお礼のラインをしたのに、既読にならずに心配していたのでしたが。
今朝、既読と同時に写真も届いて・・・自動車2台が自宅の庭で水没。
コメントでは「床下浸水になった」と。
写真は個人情報も含まれるのでアップしませんが、TVニュースで流れる「あれ」です。
心配が現実になりました。
離れているので直ぐにお手伝いとはいきませんが、何かの折のいつかの時点ではお手伝いも可能なはず。
ところで我が家の家伝「水害の際は、水が引いて行く時に水をかき回して泥も一緒に佩きだすこと」というのがあります。
昭和22年のアイオン台風で、北上川の氾濫に見舞われた我が家が得た教訓です。
そうはいっても大変な時に、そんなことをやっていられるか? なんですけどね。
その時は大変でも、後で絶対に楽ですからこの時ばかりは頑張って。
昨年、山口・島根・鳥取旅行の時に、福井県の坂井市の道の駅で待ち合わせて会ったのでした。
その時に、娘が家を買ってくれて、そこに同居させてもらっていると目を細めていたのでしたが・・・。
薬剤師をしている娘さん、実に立派に育てたものと感心するばかり。
本人は結構いい加減な男ですが、娘さんが似なくて良かった。
ただ大学時代は単位が危ない私は、よく試験で助けられました。
特に一般教養時代は苦手の数学や、経済学部だったので簿記など決算資料を読み取る知識も必要で必修科目。
簿記は特にダメで・・・どうして貸してもいないのに【貸方】なのかがまず理解できず。
世界に通じる決算書類には、左覧と右覧で良いような気がします。
皆目数字が苦手の私は、彼におんぶにだっこでした。
お互いのアパートのどっちかに居るような生活時期もありました。
お互いの実家も何度か行き来したり・・・。
お父さんが漁協の組合長で・・・泊まりに行くとヒラメの刺身が絶品。
冬は越前ガニを抱えて帰ってきてくれました。
そんな間柄ですから、卒業してからも55年の付き合いです。
何とか少ない被害であればいいのですが、大変な時ですからこちらからのラインは控えています。
ただ、現在の状態が気がかりではあります。
娘さんの家が無事でありますように・・・祈り。


コメント