採れすぎてよそのお宅にまで配っていた野菜。
ついにほぼ在庫が無くなりました。
物置に残っているのはジャガイモぐらい。
後は畑にオクラとネギとナスとピーマンぐらい。
ナスとピーマンは秋の収穫を目指して、枝を摘めて新しい枝を芽吹かせました。
ナスは新芽に蕾が沢山ついていて、またしても大収穫になりそう。
ピーマンは花もまだチラホラで、多くを望めそうにありません。
朝のパンにはさんで食べる野菜は必需品で、直売所を2軒回って手に入れました。
お金を払って飼うとなると、我が家の野菜で足りたころが懐かしくなります。
さて模擬中山道ウオークの話題です。
昨日、日本橋から400キロに到達。
400キロ地点と言えば中山道で一番長い美濃路(岐阜県)の途中です。
詳しくは太田宿と鵜沼宿の中間あたり。
太田宿は現在も街中にうだつの上がった商家などが並び、往時を感じさせてくれる立派な宿場です。
うとう峠という中山道一の景勝地と言われる峠がありますが、道を間違えて峠を通れませんでした。
いつの日か歩き直そうと思いながら、15年近くが経過しています。
鵜沼宿を過ぎると次の区間は新加納宿と言う、宿場としては数えられない宿場。
中山道には数か所(4か所?)設置されていました。
宿と宿の間の距離が長いことなどが本来の設置理由だと思うのですが・・・。
例えば私の地元で【吹上宿】がそうで、これらの宿を【間の宿(あいのしゅく)】として分類しています。
ところが面白いことに、宿場としての機能が完備されているのに木曽路の平沢集落は間の宿としても認められず。
何度も請願したとあります。
隣に奈良井宿があったため、客の取り合いなどの脅威を感じた奈良井宿の政治力で明治まで認められませんでした。
漆器が特産で税も多く納めていたでしょうに・・・昔から政治には裏があったのです。
奈良井には賄賂に弱い悪代官がいたのでしょう。
これだから歴史は面白いのです。
今月末は450㌔地点に到達できれば嬉しいのですが、このあと一週間ほど雨が続くのでウオークは中止でしょう。
いよいよ加納宿(現在の岐阜市)に到達します。


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