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旅あれこれ 東北17【30年ぶりに仙台の街を俯瞰】

青葉城址から俯瞰する仙台の街

2008/02/29

 ほぼ20年ぶりだと思いますが青葉城(仙台城)から仙台の街を見下ろしました。前回はまだ昭和でした。仙台には娘が生活しています。T大の大学院を卒業しましたが、大学に残らずに就職してしまいました。私は大学に残ってほしかったのですが、娘の人生ですから娘の出した結論に否も応もありません。しかし医局には一応籍を残して今でも週一で通っているようです。
 
 私たち夫婦は仙台に頻繁に行きますがいつも忙しく用事を済ませるだけで、娘のところに泊まったり街をぶらついた事はありませんでした。宿泊はグリーン○○というホテルを何軒か経営している系列の会員になっていますので、非常に安く泊まることが出来ます。しかもトーストとコーヒー、ゆで卵ぐらいですが、朝食がサービスで付きます。遮音が確りしていてゆっくり睡眠できます。お勧めです。

 この日は東北地方のある場所に用事がありましたが、午前中に終わってしまいました。『どうしようか?』と私が聞くと『仙台の街をブラブラする?』と妻が言います。何時もは私にお任せなのですが、珍しいことです。とりあえず何も解らない私が選んだら・・・仙台城址です。昔、昔、何回か来たことがあります。広瀬川を渡って上って行く・・・全然記憶に残っていませんでした。駐車場はたしか伊達政宗公の銅像の前だったはずですが・・・。そこから歩いて資料館に向かったはずでしたが・・・記憶とは全く違っていました。目の前にある宮城県護国神社は先の大戦でお国の為と信じて散った、宮城県出身者を中心とする五万余柱の御霊が祭られています。とりあえずは手を合わせ神国の太平と我が家族の武運長久を祈願しました。特攻の碑もあります。家族や子孫が平和で豊かな生活が送れる国を作るためと信じて死んでいったはずです。こんな国になるとは考えもしなかったことでしょう。きっと日本の現状に涙しています。

護国神社
木々はまだ冬の装い
特攻の碑
伊達政宗公

 正宗公、大鷲の銅像を見ながら東側に移動すると、石垣の端から一気に仙台の街を見下ろします。

 果たして20数年前はこんな眺望だったのでしょうか。少なくても林立する高層ビルはありませんでした。4年前、妻はT大医学部付属病院に入院していました。新しい病棟の高層階から二人で夜の仙台の輝きを見つめていました。その輝きは濡れて潤んで・・・揺らいでいたような気がします。本当に絶望の淵にいました。仙台の街はいい思い出がありません。ですが私が『どんなことをしてでも守ってあげる』との誓いを新たにしたのも、この街を見下ろしながらでした。

仙台市街を俯瞰する
堅牢な石垣
石積みが再現されている

 仙台城見聞館、資料館に立ち寄ります。のどが渇きましたので甘味処で【ズンダのシェイク】を買い求めます。私は大豆の青臭さが苦手ですのでズンダ系は遠慮したいのですが、妻が『食べてみな』と言うので恐る恐る食べてみました。これは大丈夫でした。甘さも嫌味がなくこれはお勧めです。
 
 仙台四郎・・・前にテレビでやっていました。たしか【願いが叶う】でしたか? 子供の大きさぐらいの大~きなモノが展示されていました。縁起物ですのでとりあえず【写真】を撮ります。
 
 20数年前もこの中鉢屋で駄菓子を買いお土産にした記憶があります。懐かしい・・・と感じていただけましたか? 
   
 牛タンで食事にでも出来ればいいのですが、我が家は【それ系】は苦手です。コンビニで弁当を買ってホテルで食べることで十分満足です。一度食事しようと夜の国分町に出たことがありました。あの夜の街の喧騒さ・怪しさ・下品でいかがわしい雰囲気に辟易しました。怖いほどでした。私たちは立ち入ることが出来ない・・・一生理解することの出来ない世界です。
 
 年末になると街中が輝くイルミネーションも七夕と並んで仙台の風物詩です。一度も見たことがありませんので今年こそ見に来ようと思います。

 そういえば東一番町を歩いたのも40年以上の昔になっています。人生は〝あっ〟という間です。

仙台四郎
仙台駄菓子
中鉢屋
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