父がなくなって13年。
13年前に相続として田んぼをもらいました。
今の時代に田んぼなんて…管理するだけでも大変です。
ましてや埼玉に住んでいて、岩手にある田んぼですから・・・。
7年間は兄の知り合いなどに2年ぐらいずつ耕作をお願いしていましたが、効率が悪いことがあったり、また人によっては足元を見られたり・・・。
どんどん条件が悪くなって・・・岩手の親友に相談したのが7年前。
そしたら・・・仲間たち、同級生が集まって耕作してもらえることになったのでした。
もちろん私は嬉しいのですが、耕作してくれる側も「これを理由にみんなが集える」と喜んでくれたのでした。
そして収穫が終わると仲間たちの収穫祭・・・私も埼玉から駆けつけて一緒に祝うのでした。
そういう口実があると・・・一年に一度は大手を振って岩手の仲間たちと語り合う機会ができたのです。
そんな良好な状態に何を好んで水を差すのか・・・。
ではありますが・・・今回、親友が事情を納得してくれて、この田んぼの名義を書き換えてくれたのです。
話は長くなります。
そもそも父が亡くなった時、甥や姪では(兄の子供たち)は満足な管理は望めなくて、父や母が苦労して手に入れた田んぼが荒廃していくのを見ていられない・・・と考えたのが発端です。
今時、誰も欲しがらない田んぼをあえて私の名義にしたのです。
一時は仲間が集って楽しい場の提供に貢献していた田んぼ。
しかし3年前に私がある病気を罹患し、いつどんな状態で終焉を迎えるのか・・・誰も明日のことは分からないから、あとのことをきちんとしておこうと考えたのです。
万が一の時、特に管理が難しい田んぼはネックにさえなりかねません。
農業のことなんて何もわからない妻や娘に残して管理がおろそかになるのは・・・父や母の思いとも乖離しています。
そこで3年前から親友に相談していたのです。
出来たら田んぼを引き取ってほしい。
父と母が血と涙で手に入れた田んぼを、渡しても許してもらえるのはお前だけだから・・・と。
今時、引き受けたら大変なことが増えるだけと分かっているのに、彼は引き受けてくれたのです。
そして4月に名義が変更できたのですが・・・私が心配したのは・・・。
せっかく仲間が楽しく集って耕作してくれているのに、耕作の中心にいる仲間が他の人の名義になったと聞いたら・・・けっして気分は良くないだろう・・・と。
だから状況を的確に判断できる親友が、仲間に話すまでは発言しないようにしていました。
先日、コロナの関係で電話。
やはり親友は・・・考えも行動も信頼して任せてよかったです。
田植えの前に仲間たちに私の事情を説明して、みんな納得してくれて今年も一緒に耕作できたと。
昨年の収穫祭で飲んでいる時、耕作の中心メンバーが「俺が元気でいる間は、耕作してあげるから心配するな」と言ってくれていたのに、今年の名義書き換えですから。
仲間でなかったら感情問題でしょうけど・・・そこはやはりみんな仲間です。
信頼に足るメンバーたちに恵まれている自分を実感しています。
ところで先日の電話で親友に「パチンコ行っちゃだめだよ!」と言ったら。
「行ってない・・・行ってない。10日は行ってない!」って。
それ駄目でしょう。3か月は行ってない・・・とかの返事を期待していたのに。
行かないと仲間たちから・・・特に耕作中心メンバーが電話してきて。
「来ないから・・・コロナにでもかかったのか?」って言うそうですが。
行かないわけにはいかない・・・と言う、自分自身への口実のようです。
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