紅葉の涸沢から岳沢周遊・・・穂高岳・涸沢岳
平田影郎
涸沢カールの紅葉はおそらくピークを迎えているだろうから、上高地は恐ろしい混雑に違いない・・・と想像していたのに、何か拍子抜けした感がある。雨の影響だとしたら・・・天気予報は午後からは晴天だと報じていたので、そのせいではないだろう。
知らない間に釜トンネルの交互通行がなくなっていた。人の流れが滞らないのが混雑を感じさせない一番の要因かもしれない。
交互通行が何時から解消されたのか、全然知らなかった。このルートが久しぶりだと言う事がよく分かる。
次から次へと多くの人が明神を目指して進んで行く。朝食を摂り登山届けを出して私も登山者の列に加わった。いつもなら人が群がっている河童橋も閑散としているが、これは明らかに雨のせいに違いない。
かなりのスピードで歩いたのでそれぞれの区間で10分ぐらいずつ短縮が出来て、2時間半ほどで横尾に着いた。穂高岳山荘まで歩かなければならないプレッシャーからか、気持ちが少し急いていたようだ。ザイテングラートとはどれほどのものだろうか、不安が意識の大部分を占めていた。思い切ってここで少し休憩を入れ、呼吸を整えた。
先に到着した人や横尾を出発する人で横尾大橋もご覧の人出である。それでも前回よりは明らかに少ない人出である。
横尾からの横尾谷は非常に歩きやすい道で、とても厳しい岩峰へのアプローチだとは思いも寄らない。
本谷橋では多くの登山者が河原に隙間を見せないほど休憩を取っていた。ここは休みを要れずに通り過ぎ、100人ほどは牛蒡抜きが出来たと思う。こんな時でもなければ抜くことなんて出来はしない。
調子は非常に信じられないほど快調で、涸沢まで歩き通すことが出来た。別に急いだわけではないが自分のペースで確り歩くことが出来た。休憩は涸沢の紅葉に目移りし、写真を撮る時だけは立ち止まった。
涸沢ヒュッテまでも時間を短縮して到着できた。丁度昼食の時間だったからおにぎりを無理に呑み込んだ。テラスからは周りのロケーションが素晴らしい。ここでビールを飲んで停留したほうが、どんなにか美味しいビールにありつけるだろう。
穂高岳山荘までの覚悟が萎えてしまいそうな・・・・・喉を鳴らしていい飲みっぷりの親父が憎たらしい。
それでも布団一枚に3人だとか4人との表示を見れば、やっぱり穂高岳山荘は計画からはずせない。シブシブ見上げたコルには山荘が見えている。2時間もあれば行けそうなほど傾斜は緩やかに感じられた。
今年の紅葉は何か写真で見たほどの圧倒感が感じられない。事実涸沢カールをよく知る人々の評価は、『例年より悪い』というものだった。私は期待が大きかっただけに、満足感が湧いては来ない。
カールの紅葉の真っ只中を横断し、さらに折り返してザイテングラートに取り付く。ここまで既に【ゆるい】筈の傾斜に一時間以上を費やしている。
呼吸は上がるし心臓は唸りを上げ、反面ペースは一向に上がってはくれない。近い筈の穂高岳山荘は遠く小さくなってしまった。涸沢まで休憩を取らなかったのが良くなかったのだろうか?
ザイテングラートでは数人に追い越されただけだが、それはそこそこペースを保てたからではなく、穂高岳山荘に向かう登山者が少ないからに過ぎない。多くの人が下山していくが今日の涸沢の宿泊者はどんな夜を過ごすのだろうか。そんな渦中に居るくらいなら3時間の歩きなど何ほどの事があるだろう。
少し危険を感じるような岩場もあるが所詮は一般ルートである。明日はこれを下った方が楽かも知れないという思いがどんどん膨れ上がっている。その割にはペースは益々落ちている。下から見た時には想像も出来ない斜度である。がっ・・・一気に高度を稼ぎたい登山者には向いているかもしれない。私もどちらかと言うと下りより上りが好きである。
【穂高岳山荘20分】の看板から本当に20分で小屋にたどり着いた。小屋では受付の順番待ちも無いほどで、先ほど登りの途中で振り返って確認した後続者はせいぜい数十人・・・涸沢とは雲泥の差・・・ゆっくりの夜が過ごせそうである。
食事は一回目が割り当てられた。朝食はお弁当でお願いし、明日の準備は完全に整った。それにしても山荘の食事は良かったな~~。焼き鮭のタルタルソース・メンチカツが美味しくて、やっぱり北アの小屋は素晴らしい。数週前のような例外も有るけど・・・でもその小屋は他の点が優れていたので・・・。
夜、立山と言う20人ほどの部屋を割り当てられた。布団一枚に一人・・・好条件でゆっくり眠れるはずが、日付が変わるまで全く眠る事は出来なかった。鼾の心配である。妻には出かける前から【寝たもの勝ち】と言われていたが、やっぱり想像通りになってしまった。実際【立山】という部屋で鼾をかく人は一人もいなかったのである。流石に日付が変わってこのままでは明日の行動もままならないと感じた私は、睡眠導入剤を使うために起きて廊下に出た。驚いた事にこの日の山荘からは鼾が全く聞こえなかったのである。でも気にしていたら明日に差し支えると考えた私は、薬のお陰で3時間ほど確実に眠る事が出来た。
4時に起きて空身で涸沢岳山頂を目指した。ご来光にいつもの祈願をする為であったが、風が途方も無く強い。怖いほどの風だ。
過去の経験で3番目に相当する。寒さ対策はフリースなどを確り着込んだので心配は要らない。30分ほどの登りの後、長く感じられたが実際には10分ほど風に耐えて待っていると、太陽が現れ確りと願いを聞いてくれた。
待っている間に槍とキレットに目を遣る。何度も目にしているが今が一番近くで見ている。キレットの迫力はやっぱりすごい。しかし高所恐怖症の私はこのコースを歩く事は無いだろうと思った。別に歩いてみたいと言う感情も無い。
小屋に戻って食事を摂り、今度はザックを背負って奥穂の登りに取り付いた。目の前を若い女の子が這って進んでいる。梯子場が相当怖かったようで、平坦な場所になっても感覚が狂ってしまっている。下りはどんな思いで下るのだろうか、想像を絶する経験をするに違いない。
弁当が寒さで凍る寸前だったためほんの少ししか食べる事ができなかった。山頂で写真を摂った後に風を凌ぎながら日当たりの良い場所で残りを食べた。ジャンダルムの上には既に登山者がいて、おそらくは優越感に浸っているに違いない。楽しみ方はいろいろ有っていいが、私があそこに立つ事は無い。ロバの耳との間には何か赤い目印のようなものがある。
先日のヘリコプター事故の関連だろうと思った。何であんな所で落ちなければならなかったのだろうか。
谷の下から吹き上げてくる強風に耐えながら、吊り尾根を下るのは結構な緊張を強いられた。普段ならそれほどのコースでは無いと思うが、自然条件で山は優しくもあるし厳しくもある。
紀美子平で再度食事にした。少し緊張感を和らげる意味も有った。ここで40歳ぐらいの女性に写真を頼まれた。軽い身のこなしで、ザックも小さいものだから奥穂の日帰りピストンだろう。5時に上高地を出発し岳沢を登って、8時半に紀美子平にいる女性は・・・すごい。
前穂は中止にした。本当は一日に3.000㍍峰三座が目標だったが、今日は妻の誕生日・・・花やケーキが買える時間に帰りたい。
もう一人・・・昨日のザイテンの登りから私の後ろにいる二十歳前後の美女。20㌔のフル装備で、ついに岳沢ヒュッテ跡の手前で抜かされた。この娘もすごい・・・何がすごいって・・・夜のキャンプ地など一人で怖くないのだろうか。山には悪人はいない・・・なんて遠い昔の日本の話・・・さっそく40歳ぐらいのベテラン山屋がまとわり着いていた。
岳沢の紅葉は少し葉が落ちてはいたが十分堪能できる状態で、多くの紅葉狩りの人とすれ違った。彩りはイマイチだったがむしろ涸沢よりはボリュームがあった気がする。